その日の夜、店の売り上げを計算していたらもうため息しか出てこない。
 誰もいなくなった店の中はしんと静まり返り、私だけ世界から切り離されてしまったような気分。

 幼い頃からこの店は沢山のお客でにぎわっていた。
 いつもテーブルは満席で、モーニングのピーク時には、店の前で席が空くのを待っている人がいるのが当たり前の光景だった。 
 祖父母がここを経営していた時は、『藍』はどこにも負けない喫茶店だったのだ。

 近所にファミレスができて、そこがモーニングサービスを始めても、客はまったく減らず、むしろファミレスの方が三年も経たずに潰れた。
 今はそこは売り地になっている。

 そんな無敵のはずの店が、私が経営をバトンタッチした途端にこのありさま。
 日に日に足を運んでくれる常連客も減っている。
 お年寄りばかりなので、もしかしたら……いや、なんでもない。
 とにかく、祖父母は『最高のコーヒーを追求する』と言って、国外に飛び出してしまったので頼れない。

「私がこの店を継いだことが間違いだったのかなあ。向いてないのかなあ」

 ため息をついてテーブルにおでこをくっつける。
 店の中は暖房で温かいので、冷たいテーブルがなんだか気持ち良い。

「和食モーニングは受けが悪かったなあ」

 ぽつりと呟くと、今朝の常連客の反応の悪さがよみがえってきて、胸が痛くなる。
 ライバル店である銀太のお父さんの店が、本格的な洋食のオシャレなモーニングを出しているから、真逆でいこうと思っていたのに……。良いアイデアだと思ったのに……。
 私は大きな大きなため息をつき、机の上の伝票を吹き飛ばす。それを慌てて拾いながらふと思いつく。
 敵情視察も立派な仕事だ。