午前十一時を過ぎると、店にいるのは窓際のテーブルの老夫婦二人のみとなった。
 私はテーブルから下げたお皿を見て思わずため息をつく。
 モーニングのメニューに加えた煮物は、今朝の常連客二人以外にも何組かに出したのだけれど、完食した人の方が少ない。

「美味しくないのかな……」

 私はぽつりと呟いて、残された煮物を見つめる。
 おばあちゃんの味を一生懸命、再現したんだけどなあ。
 すると、カランコロンと店のドアが開く。

「いらっしゃいませー!」

 反射的に明るい声で答えて、笑みをつくって私は激しく後悔した。

 店に入ってきたのは、村雨銀太(むらさめぎんた)。うちの店の斜め向かいのレストラン『ペール』の店主の息子で私と同じ歳。
 レストランのくせにモーニングも始めたので、現在はうちのライバルというわけだ。

「なにしに来たの?」

 私がそう言うと、銀太はにっこり笑ってから言う。

「客にそんな態度とるなんて、この店のマスターは接客業に向いてねえなあ」

「どうせ向いてないわよ。ってゆーか、あんたお客なの?」

「そうだよ。コーヒー飲みに来た」

 銀太はそう言うと、カウンターの席についた。

 短めの黒髪に彫りが深く整った顔立ち、少し日に焼けた肌は健康的で、一八十センチ超えの長身でモデル体型。
 こいつとは幼なじみだけど、昔は泥遊びした後の犬みたいな雰囲気だったのに、アカ抜けちゃって……。