そろそろクリスマスの飾りつけでもしようかと考えていたら、カランコロンというドアベルの音が背後で聞こえた。
壁の振り子時計を見るとちょうど八時。
なんて時間ぴったり。
「いらっしゃいませー!」
私は明るく言うと、とびきりの笑顔を見せる。
「あれ? モーニングのメニューに煮物ってあった?」
テーブルの上に置かれた煮物を見た常連客の一人が、そう言って目を丸くする。
「トーストと玉子焼きとミニハンバーグに……今日は煮物? サラダじゃないのかい?」
別の常連客もそう言って首を傾げた。
カウンターに座っているのは、年中麦わら帽子をかぶっているおじいさんと、シニアモデルをやっているというおばあさん。
ちなみに二人は兄妹であり『藍』の常連客なのだ。
今はまだ来ていないけれど、常連と呼べる客はあと四人ほどいる。
平均年齢は七十五歳。
だから絶対に和食のほうが好まれるとふんで、モーニングセットのメニューのサラダを煮物にチェンジしたのだ。
「ちょっとモーニングのメニューを変えてみたんです。みなさん煮物はお好きでしょう? あ、味には自信ありますからっ!」
私が親指を立てて見せると、常連客(兄)が「うむむ」とうなった。
「煮物はかーちゃんがよく作ってくれるからなあ。これじゃあ晩ご飯みたいだよ」
「私、煮物よりサラダが好きなの。だってお肌にいいでしょう?」
常連客(妹)も不満そうに言った。
あれ? 私の脳内の反応では『こういうモーニングセットを待っていたんだよ! さすが梢ちゃんだ!』って褒められることを想像してなのに!
反応がものすごく悪い!
戸惑う私に常連客(妹)が追い打ちをかけてくる。
「そういえば梢ちゃんが店を切り盛りするようになってから卵焼きになっちゃったけど、私は藍さんの時のメニューのスクランブルエッグが好きだったの」
「ああ。ワシもそう思う。卵焼きはかーちゃんのが一番うまい。だからここではスクランブルエッグと決めていたんだ」
常連客(兄)もうんうんと頷く。
やめてください……。それ以上、言われると消えてなくなりたくなります……。
私が落ち込んでいると常連客(妹)がこう尋ねてくる。
「それにしても、なんで突然、メニューを変えたの?」
「えっ?! それは、ほら。愛知はモーニング文化ですから、モーニングで溢れています。お客を呼ぶには他の喫茶店と差別化をしていかなくちゃいけないなあと思いまして」
私がそう言ってにっこり微笑むと、常連客(兄)がトーストをもぐもぐしながら口を挟んだ。
「なんだワシはてっきり、村雨さんの店を目の敵にしてるんだと思ってたけどな」
「そうよねえ。愛知全域の喫茶店と張り合うよりも、ここの斜め向かいにある店のほうが梢ちゃんにとって問題になりそうだけどねえ」
「あの店はレストランなのに最近モーニングサービスを始めたので、まあ、ライバルと言えばライバルかもしれませんね」
私はそれだけ言うと、カウンターの奥に引っ込んだ。