私は頭の中に鋭い痛みを感じて、身体がよろめいてそのまま、意識がまた途切れた。

「チカ……カナ」
私は階段から滑り落ちたとき、チカの顔を見て、確かにそう呟いたのを覚えている。
 そしてその後に、チカのとても苦しそうな顔を見たとき、私の心は傷ついた。
 頭や手足を、ぶつけた痛みよりも、胸の奥の痛みの方が、ズキズキと痛んだのだ。
 嫌だよ。チカ。……そんな顔しないで。
 私は薄らと遠のいて行く意識の中で、それだけを望んだ。
 さっき、微かにカナの声も聞こえたような気がする。その声も、とても苦しそうな声に聞こえた。カナもここにいるのだろうか。
 私のせいで、二人が悲しむのは嫌だ。
 だから笑ってお別れしたくて、約束を交わしたのに、どうして私は、二人を苦しめてしまったんだろう。
 チカもカナも、同じくらい大好きだから、笑っていてほしい。自分の気持ちが分からなくて、さっきはチカに、自分の二人に対する想いに気づいてほしくなくて、誤魔化したけど、本当はチカも同じくらい好きだって伝えたい。
 カナに内緒にしておきたい想いの他に、チカにも内緒にしたかった想いが、あったのを伝えたい。
 でも口が思うように動かないし、手足に力が入らない。
「ちぃ」
 チカが私の名前を呼んで、ぎゅっと私の手を握ってくれた。
 とても力が強くて少し痛かったけど、温かい手にほっとした。
 その後、私の動かない身体を背負った彼の荒く乱れた息が耳元で聞こえた。背中から伝わるチカの温もりが心地よくて、意識が途切れるまでその温もりがそこにあった。
 それから私は、何も覚えていない。でも思い出さなくていい。
 記憶を失くした私は、今の私に気づいてないし、気づかない方がいい。
 きっと気づいても、この先が変わることもない。
 記憶を失くした私も、今の私も想いは一緒なのだから――。

 ズキズキと響く頭痛を抑えるように、手を頭に当ててみたけど、徐々にその痛みがひいていった。
「とにかく上らなきゃ」
私は足場を確かめるように、少しずつ階段を上った。
 智歌先輩は「待ってる」って言ってくれた。だから、きっと先輩のところにも戻れる。翔奏にも逢って、ちゃんと気持ちを伝えるのだ。
 私は自分にそう言い聞かせながら、一段一段踏みしめるように歩を進めた。
 久しぶりに上る階段も、この村も懐かしい。
 涼しげに通り抜ける秋の風。