一瞬意識が途切れたみたいに、頭がぼうっとしていたけど、先輩はあの時、何を言いかけたんだろう。
 でも、先輩の必死の訴えに、どう答えればいいか分からず、私は彼に促されるまま、階段を上った。戸惑いと不安。そして、 少しの喜びが心の中に渦巻いて、言葉を詰まらせ、進むことしか許されない感じがして、その場を離れるしかなかった。
 何だか、自分の気持ちの整理がつかない。
 どうして先輩と翔奏が知り合いなのかも、どうして翔奏が、私に逢ってくれるのかも分からない。そして何より、先輩が言った「ちぃ」という呼び名。
 一度もそんなふうに、再開してからは呼ばなかったのに、懐かしい響きのある呼び方を、どうして今頃になって、先輩は口にしたんだろう。
 この階段を上れば、全ての答えが待っている。
 そんな気がしてならない。私は駆け足で階段を上った。
 この先に本当に翔奏がいるのだろうか。
 一段進む度に、明かりが遠ざかり、闇が深くなっていく。冷たい風がすっと通って、木々がざわめく音が、不気味な雰囲気を醸し出している。
 でも、上るしかないのだ。
 ずっとずっと好きで、応援してきた藤沢翔奏。その声や言葉に、何度も励まされてきた。
 そんな人と何を話せばいいのかも分からない。必死に考えても、ただお礼が言いたいという気持ちしか湧いてこない。
でも、その奥に眠るように秘めている想いがある。
 緊張の他に、胸をドキドキさせる想いがあることだけは、自覚していた。。
「私、いったいどうしたんだろう」
私はちょうど階段の中腹辺りで、立ち止まった。
 もし、先輩の言う通り、この先に翔奏がいるのなら、今、私は二人のちょうど間にいることになる。
 前に進めば翔奏に近づいて、後ろに戻れば、智歌先輩の方に帰る。
 逢いたいと望んでいた人に逢えるのに、どうして私は、こんなに迷っているんだろう。
 なぜかこのまま進めば、もう智歌先輩とは会えなくなってしまう気がする。
 でも、ここで逢わななければ、私はいつ藤沢翔奏に逢えるというのだろう。
 たぶんこんなチャンスは、またとない。
 今、逢わなければ、藤沢翔奏は遠い人に戻ってしまう。
 でも本当にそうなのだろうか。
「智歌先輩と翔奏は知り合いなんだし、逢おうと思えば、いつでも逢えるよね」
そんなことを呟いてみたけれど、そんな気は全くしてこない。