「智歌先輩のお姉さんに会うのも久しぶりですね。楽しみです」
俺たちが今住む街よりも、会場が俺の実家に近いということで、今日は俺の家に二人とも泊まることになっている。でも、それは単なるここに連れてくる口実で、本当にそうなるかは分からない。
 一応、姉には部屋を貸すように連絡しているから大丈夫だが、本当にそこに深桜が泊まることになるかは疑問だ。でもそうなることは、きっとない。
 星々が輝く空の下を歩き、思い出の場所へとどんどん近付いていく。
 小さな川に架かる橋の上を通り過ぎ、ぼろぼろの遮断機がある線路を渡り、しばらく歩くと地蔵の前にさしかかる。俺はそこで初めて、深桜の方を振り返った。
 ここからはもう、俺は深桜の傍を歩くことはできない。
「ここがどこだか覚えてるか?」
「えぇ。夏休み先輩とよく遊んで」
「俺だけじゃないだろ?」
彼女の懐かしそうに語る声を遮って、冷たい声で深桜を諭す。
 とうとうこの時が来てしまったかと、俺は内心いたたまれない気持ちでいっぱいだった。
でも全てを押し殺して、無表情を保ち続けた。
「……先輩どうしたんですか?」
明らかに困惑の色を浮かべる深桜を、俺は真っすぐと見据えた。たぶんもう、翔奏はこの上にいる。この先で深桜を待ってる。
 電車で来るより、車で来た方が、はるかに速い。
 俺は階段の前まで歩き、彼女と距離を取った。でも、彼女は、俺と同じ分だけ歩を進めて、距離を縮める。
「なぁ深桜。藤沢翔奏のこと好きか?」
「なんですか!? いきなり。先輩どうしちゃんたんですか?」
突然の言葉に、深桜は顔を真っ赤にして、目を伏せた。
 何も答えないでいると、彼女は恥ずかしそうに顔を俯かせたまま、ぽつりと呟いた。
「もちろん好きですよ」
深桜はあの時と同じ表情をして笑った。
 俺があの日、同じことを訊いた時、階段の上で「カナには絶対内緒だよ」と照れたように笑った幼い彼女と同じだ。
「あのさ、……この先に藤沢翔奏が待ってる」
「えっ?! そんな訳ないじゃないですか」
おどける彼女に構わず、俺は無機質な声で続けた。
「不思議に思わなかったか? 俺がどうして販売前のチケットを持っていたのか?」
「だってあれは先輩の彼女さんが……」