俺の言ったことがしばし理解できず、彼女はきょとんとした顔で俺を見ていたが、そっと口元を緩めて、満面の笑みを浮かべた。
「はい! また会えるものなら会いたいです!!」
「じゃあ……行こうか」
「先輩? 行くってどこ行くんですか!? もう帰っちゃうんですか? 私、まだこの余韻に浸っていたいんですけど……」
後ろで、狼狽気味に何度か深桜が語りかけてきたが、俺は全てを無視して、歩き続けた。
 そのうち深桜も諦めたのか、黙ってついてきてくれた。
 会場を離れるにつれ、人もまばらになり、街中に二人で溶け込んでいく。
 券売機で乗車券を買って、電車に乗る。その中にも、何人か俺たちと同じくライブから帰る人たちがいた。
 それを深桜は、ぼんやりと景色を眺めるみたいに見ていた。
 どんどん会場から離れ、一度電車を乗り換える。その間も俺たちは何も話さなかった。
 あとどのくらいかかるのか、深桜に聞かれたけれど、とにかくついてきてほしいと、そのことだけしか言わなかった。
がらがらの電車に二人並んで座り、さっきよりもゆっくりと進む電車が田舎町へと俺たちを運んで行く。乗客も少しずつ減って行き、残るは俺たちと数人の乗客しか、電車に残る人はいなくなった。
「懐かしいね。チカ」
ふいに深桜がそんなことを隣りで呟き、俺ははっとして顔を上げた。電車の窓に映る深桜が、真っすぐ情けない顔で映る俺を見ていた。
 その彼女の顔がほんのりと微笑みを返す。
「チカ。ありがとう。連れてきてくれて」
「うん」
俺はそれだけ答えて、目を伏せた。すると温かいちぃの手が、俺の手に重なった。そうやって、俺たちは何も言葉を交わさず、俺たちが過ごした村まで電車に揺られた。

 電車から降りて、俺たちは月夜に溶け込むように駅員のいない無人の小さな駅を離れた。電車が遠ざかると、そこは薄暗く、静かな空間へと変貌する。
 マツムシの声が微かに聞こえ、少しばかり肌寒い。すすきの穂先が夜闇の風にそよぐ。
「先輩。なんか……懐かしいですね」
「そうだな」
深桜がちぃと同じことを口にして、ズキっと心が痛んだが、俺は振り返らずに前を歩き続けた。もう、振り返ることはしたくない。
 振り返って深桜の姿を見れば、翔奏に会わせるという思いが砕かれてしまう。もう彼女と翔奏の時間は、止めてはいけないのだ。