深桜は、狙っていたグッズが全て手に入り、ご満悦のようで、今か今かと待っている。
席はほとんど埋め尽くされ、Tシャツに着替えたファンがたくさんいる。この中でグッズを何一つ買っていないのは、俺だけじゃないかというくらい、それぞれ何かグッズを手にしていた。
 俺の手の中には入場の際に配られたサイリュームライトだけが、虚しく納まっているだけだ。
「先輩、何の曲から始まると思いますか? 私何だか緊張してきました」
取りとめもないことを深桜は、さっきから口にしていた。緊張よりもはるかに興奮して、胸を高鳴らせているのだろう。
 大学では見ない彼女の姿に、少しばかり戸惑いを覚えた。
「先輩、そろそろこれ折りましょうか?」
「始まってからでもいいんじゃないか」
そう俺が返事をする前に、深桜はライトの真ん中をぱきんと折った。淡い水色の光がじんわりと灯り始める。
 その音を合図にしたかのように、会場内にブザーが鳴り響いて、辺りが暗くなった。
ライブ会場は独特な熱気に包まれ、それに負けないような歓声が上がる。きっとこの感覚はライブ会場以外では味わえない。
でもその歓声は、しぼんだ風船のように静まり返り、今か今かと息を潜めて、観客は待ち構えている。
サイリュームライトと非常灯の光以外は、何も見えない静かな空間。
 その暗がりの中、緞帳が徐々に上がり、最初の曲となるベースの音が会場中に響き渡る。
 そして、また、わっと歓声が沸き起こる。
 ベースに乗るように、ドラムの足音が迫ってくる。
 ベースの音とドラムの音が、重なっていき、ステージ中央の暗がりの中に浮かぶ人影が見える。
そして、ギターの音が響いた瞬間、ステージがぱっと明るくなり、翔奏の姿がステージからはっきりとみえるようになった。
すると、今までとは違うけたたましい規制に似た歓声が、ライブ内を埋め尽くした。
翔奏のギターの音は、折り重なるようにドラムの乾いた音と響き合う。場を盛り上げるオープニングには最高の選曲だ。
俺は席を立ちステージと向かい合った。
 俺は急いで、ライトを折り、全員総立ちのライブ会場を振り返って軽く見渡した。
 誰もが、俺の目の前に広がるステージに視線を注いでいた。
 そして、奏でられる音に紛れるように、翔奏の声が聞こえ、みなが翔奏の姿に注目し、音に耳を傾ける。
 そんな中、俺は隣りに立つ彼女の姿を見て、絶句した。