翔奏は笑ってそう答えた。俺が、翔奏のストラップをさげているのを想像したのだろう。想像しただけで、俺も何だか恥ずかしくなってきた。
「それで何だよ?」
「あっ、ごめん。つい笑っちゃった。それで……その……来てくれてありがとうって言いたくて。ちぃが誰か分からなかったけど。智歌一人で歩いてたから……」
翔奏の声がいきなり途切れ、不安と戸惑いの色が浮かんだ。
「あのさ、それでちぃは」
「あぁ。お前のライブグッズが欲しくて、あの列に一人で並びに行ったんだよ。安心しろ。ちゃんとあいつも来てるから」
「そう。よかった。そんなにグッズを求めてくれるなんて、嬉しいな」
心底ほっとしたような、翔奏の声が聞こえてきた。どうやら俺が一人で歩いていたのを見て、彼女が来ているか不安になって電話してきたらしい。
 その不安が解放されて、安心と喜びが電話の向こうから伝わってくる。
「緊張してるか?」
「うん。少しだけだけど」
何気ない質問に、そっと翔奏が答える。声は震えていないし、弱々しくもない。でも、翔奏が今日にかける半端ない思いだけは、ひしひしと伝わってくる。
「お前なら大丈夫だよ。いつものように歌えばいい」
「あぁ。ありがとう」
「じゃあ頑張れよ」
そうして適当にいくつか言葉を交わして、電話を切った。
 ライブが始まれば、俺たち三人は再会する。深桜は翔奏の声に耳を傾け、翔奏は深桜のために精一杯歌を歌う。そして俺は、その二人をただ見守ることしかできなくなる。
 一番、翔奏に近い存在の俺が、どの客よりも遠くに彼を感じるのだろう。
 虚しく冷たい視線をスマホに向けていると、また携帯が震えた。
「もしもし」
「せんぱ~い。今どこにいるんですか~?」
今にも泣き出しそうな深桜の声が、聞こえてきた。文字通り迷子のように、喧騒から微かな声が聞こえてくる。俺は一番近くにあるゲートを支持して、そこで待つことを告げると電話を切ってその入口に向かった。

「先輩本当に何も買わなくていいんですか? よかったらこれ分けましょうか?」
深桜が席に着くと、翔奏がデザインしたというタオルをすっと差し出した。
「いや、本当にいいから」
今日で何度目かになる質問に、同じ言葉を繰り返して返事を返すと、俺は間近にあるステージに目を向けた。
 ライブ開始まであと五分と迫り、辺りに緊張と歓喜が広がり始める。