先輩の奏でる「カノン」も「夢想」も素敵だ。でも最後に弾いてくれた題名のない先輩の創った曲は格別だ。心が静かになっていく。
 ただ自分が創った曲だから恥ずかしいのか、なかなか先輩は弾いてはくれないけど、私にとって特別な日やさっきみたいにどうしようもなくなったときにお願いすると弾いてくれる。
 智歌先輩と二人で講義室を後にし、大学を出てすぐ私たちは別れた。
 先輩に慰めてもらったけど、気が重くてどこか寄り道したくなった。でも辺りはもう薄暗くて、お気に入りの雑貨屋さんをゆっくり見れる時間もない。
 気は進まないけれど、家に帰るしかなさそうだ。イヤホンをセットして、藤沢翔奏の曲を聴きながら家路についた。
 先輩の音とは違う音楽や言葉が耳から身体の中に入ってくる。その一つ一つが心の中でじんわりと溶けて、暗く沈んだ気持ちを軽くしてくれる。
 翔奏の語りかけてくるような柔らかな声が、どこか遠くに行ってしまった気がしたけれど、元から私と翔奏の距離は遠いのだ。
 ボタン一つ押せば、この声をすぐ聴くことができるのに、距離は全く縮まることない。
 私は彼を知っていても、彼は私を知らない。それは当たり前の事実だ。
 家に帰って、自分の部屋に入ると、ポケットに入れたスマホが震えた。
 何かなと思って、画面を開くと、着信画面が表示されていて、私は慌ててイヤホンを外し、通話ボタンを押した。
「深桜、今時間大丈夫?」
「うん。いいけど」
相手は千歳さんだった。彼女も同じ小説賞の結果を見ているはずなのに、いつもと変わらず声が明るかった。
 彼女の名前も一次通過者の中にはなかったのに……。
「あのね、深桜。気は進まないと思うけど、今度の金曜日合コン行かない?」
「合コン!?」
周りの子たちの話では持ち上がっていた単語で、自分とは無関係だと思っていたことをいきなり向けられて、つい声をあげてしまった。
「ねぇ深桜。お願い! 一人少ないから来てほしいの。人数合わせってことで協力して」
「でも……私、合コンとか行ったことないし。それに話すのそんな得意じゃないよ?」
「別に何も話さなくていいから。ただ最初に自己紹介とかして、適当に食べたり飲んだりしてくれれば。それにお金はあっちもちだから」
「……だけど」