時間には余裕を持って出てきたはずなのに、すでにそこには人々がひしめき合っている。この人たちはいつからここに来ているんだろうと疑問さえ浮かんでくる。
 耳にイヤホンをつけて、メガホンを持って列の整理をする人や、立て看板を持って案内する人がちらほらと見える。案内を促しても、次々と人がなだれ込んでは列をつくって行く。
「先輩! 私、グッズ買ってきますね。記念に先輩も何か買いに行きませんか?」
気だるく立ち尽くす俺とは違って、深桜は目を爛々と輝かせて訊ねてくる。明らかにテンションが上がっていた。
「いや、俺はいいから。深桜行って来いよ。俺はこの人の波に入りこむ気力はないから」
「えっ? そうですか? えっとじゃあ先輩は、どこか木陰で休んでいてください。近くのコンビニとかにいてもいいですから。終わったらスマホに連絡しますね」
深桜はお財布の中身を確認してから、気合いを入れるみたいにぐっと両手を握りしめる。
「分かった」
「では行ってきます!!」
深桜はそう言い残すと、戦陣に切り込むみたいに、列の最後尾の方へと走り去って行った。
 そこまでして何が欲しいのか分からないが、俺はぶらぶらとその辺を歩き回った。すでに買い物を済ませ、会場前の列に並んでいる人たちは、全ての気力を消費したみたいにアスファルトの上に座り込んで待っている。
 開場するまで、あと何時間とあるというのに、こういう時間の使い方をよくできるものだと感心してしまう。まぁその中ではゲームをしたり、本を読んだり、何かをして待ってはいるのだが、これが日差しの強い夏だったら、俺には絶対に無理だと思った。
 また、深桜が行ってしまった列の終着点では、白いテントを連ねて、グッズを販売していた。Tシャツはもちろん、ストラップやタオルなど、このライブでしか手に入らない物がほとんどだ。
 列に並びながら、あれやこれやと悩んでいる者や、もうすでに事前にチェックしていたのだろう。すでに買う物を決めて、お金を握り締めて、その時が来るのを待ち続ける者もいる。俺はそんな人たちを横目に歩き去っていく。