だいたい彼女の言いたいことは分かる。でもその必要はないだろうが、一応確認のために訊ねた。
「俺にチケットを買うのを手伝ってほしいって言いたいんだろ?」
「うっ……」
どうやら図星のようで、彼女は言葉を詰まらせた。それでも諦めたくないのだろう。
 言葉を探して、何としてでも俺に協力を仰ごうとしている。
 不覚にもかわいいと思ってしまって、ずっとその姿を見ていたかった。
「ダメですか?」
「断る。俺だって、講義があるからな」
上目使いの瞳が伏せられ、その肩がぐったりと下がった。
「それにこれがあるから必要ないしな」
俺は深桜に見えるように、ひらりと二枚の紙を指先でなびかせた。それは深桜が欲しくてたまらない翔奏のライブチケットだ。
「先輩! どうしてそれを」
口をぽかんと開けて、目を丸くする深桜に、くすりと笑みが零れる。皮肉にも彼女の元気を取り戻すものが翔奏絡みなのはいただけないが、これを渡さなければ何も進まない。
「今、別れた彼女に貰ったんだ。彼女も藤沢翔奏のファンらしくて、俺と行く予定だったけど、別れちゃったからさ。行く相手もいないからあげるってさ」
「えっ!? そんないわくつきのチケットで行くなんて」
「じゃあ、あるかどうかも分からない販売予約を待つか、講義サボってチケット買いに行くしかないな」
「……先輩、意地悪です」
口をぎゅっと結んで、睨むような視線で深桜が俺を見上げる。その姿も、今はすごく愛おしく感じてしまう。こんな日常もあと数カ月で終わってしまうのは、残念でならない。こんなやりとりも最後になるのだろうか。
「じゃあいらない? これ最初の先行で手に入れたやつだから、かなりの良席だけど」
「……行かせていただきます」
渋々答える深桜にチケットを渡すと、ぱっと彼女の顔が輝いた。
「これ、すごい席ってどころじゃないじゃないですか! 一番前で、しかも中央!!」
「そうだろ。だから行かないともったいない。だから絶対他に予定とかいれるなよ」
「はい!!」
 深桜は今にも喜びのあまり抱きついてきそうな、とびきりの笑顔を浮かべた。
 でもライブの日が来れば、全てが終わる。思い出となって、この笑顔も、いつまでも見られなくなってしまう。だからこの余韻のような日々を、少しでも俺は楽しみたかった。
 でもそんな日々は、瞬く間に過ぎて、とうとうライブの日が来てしまった。