でも俺にとっては、そうやって喧嘩できる相手がいるのは羨ましかった。俺はデビューするまで、一人でやってきて、音楽で喧嘩する相手すらいなかったからだ。
 そんなことをぼんやりと思いながら、史也くんを見ていたら、彼はまたすっとした眼差しで俺を見上げた。
「翔奏さんは今から仕事ですか?」
「あぁ。そろそろライブが始まるからね」
彼の様子は気になったが、あまり突っ込んでいい話題ではないのだろう。無理やり話を戻す必要もないから、俺はそのまま続けた。
「近々二ヶ月に及ぶライブツアーを控えてるから、それでいろいろあってね」
「知ってます。……俺は観に行けないけど」
「チケット取れなかったとか? だったら」
「いえ。そういうのじゃなくて、今はとにかく追いつきたいんです」
「お兄さんに?」
彼の瞳が一瞬揺らいだけれど、彼は力強く頷いた。
「はい。それから翔奏さんにも。それでまた同じライブ会場で一緒にやりたいとか考えてて……」
こんな真っすぐな子は、他に見たことない。彼の言葉を聞いていると、自然と笑みが零れてしまう。
 今は確か高校二年生だろうか。出逢った頃は中一になったばかりの頃だったけど、その頃から彼のベースの腕はすごかった。しっかりとした音で、リズムも崩すことがない。
 でもたまにミスをするとそれを引きずる様に、焦って取り戻そうとして、崩してしまうこともあった。
 完璧を求めすぎている気がするが、たぶんそれを指摘したら彼は伸びない。自分でも分かっているみたいだから、言いすぎたら逆に彼を追い詰めてしまうだろう。
「わかった。待ってるよ。だからお兄さんとおいで」
「……ありがとうございます」
史也くんは何か思うことがあるのか、そっと視線を外した。
 どこか俺の知る史也くんとは違い、その雰囲気に違和感を覚えたけれど、沖浦さんの車が俺たちの前に停車した。
「翔奏。その子は」
窓を開けてちらっと彼の方を見た沖浦さんに、史也くんは軽く頭を下げた。
「昔、ライブハウスで一緒だったバンドの子です。ごめんね。史也くん。俺行かなきゃ行けないから、また今度ね」
「はい。ではまた」
 車に乗り、窓から手を振ると、彼はまた軽く頭を下げて、バッグを担ぎ直した。
 彼は車が曲がって見えなくなるまで、俺たちの姿を見つめていた。
「懐かしい?」
「えっ? まぁはい」
突然の沖浦さんの問いに、俺は戸惑いながらも頷いた。