俺はそこで全てを理解した。智歌はちぃにいつでも言おうと思えば、言えたのだ。それをずっと伝えなかったということは――。
「だから頑張れ。あっごめん。俺、そろそろ行く」
電話から智歌の声が離れて、俺は慌てて彼の名前を叫んで彼を引きとめた。
「何だよ」
「智歌。ごめん。……ありがとう。俺、頑張るから」
「あぁ、頑張れよ。じゃあな」
彼の明るい声を最後に、電話は途切れた。
 智歌のためにも俺は彼女のために、頑張るしかないのだろう。通話の切れたスマホを眺めて、俺はそれを握り締めた。
 彼には謝罪と感謝の言葉しか浮かばない。
 俺は彼のためにも、彼女のためにも精一杯歌うしかない。そしてちゃんと自分の気持ちを整理して、伝える必要がある。
 智歌がその機会をしっかりと与えてくれるのだから、それにちゃんと応えたい。
 その気持ちが俺の心をいっぱいに満たして、揺るぎない意志がしっかりと固まった。

 沖浦さんから二時前に連絡があり、俺は部屋から出てマンションの前に来たとき、懐かしい姿が目の前を通り過ぎていった。
「あれ、史也(ふみや)くん?」
「翔奏さん」
Black Fox Tailsという四人バンドのベース担当の少年だ。お兄さんの秋夜(しゅうや)くんがボーカル&ギターを努め、早くどこかのレコード会社から、声がかからないかと、俺も注目をおいている。
 俺がデビューする前に、何度かライブハウスで一緒になり、俺と同じように秋夜くんも自分の想いを歌にのせて歌っていたから、意気投合して仲良くなった。過ごした時間は本当に短かったけど、彼らのバンドはとても印象強く残っている。
 最近は彼から連絡もなかったが、こうして史也くんに会えて安心した。
 彼が肩にかけているベースバッグを見る限り、今もバンドは続いているようだ。
「今から練習?」
「はい。兄みたいにならないといけないので」
彼の目は真剣そのもので、いつも何かを貫くような力をみなぎらせている。あの時とあまり変わっておらず、無愛想で素っ気なさそうに見えるけれど、心の芯が強い。
 年上の俺やバンドのメンバーに対しても、音楽のことになれば、言いたいことははっきりと言う子なのだ。
「お兄さんは元気?」
「……えぇ、まぁ」
力強い目が霞み、彼の答えは歯切れが悪かった。あの仲のいい兄弟が、珍しく喧嘩でもしたのだろうか。