私はその後にどういう言葉を続けていいのか分からなかった。この気持ちをどういう言葉で表したらいいんだろう。残念とか悲しいとかそう言った感情がいくつも折り重なったような気持ちが、深く根付くように私の心の中に渦巻いている。
 この気持ちが、先輩の弾く無想と重なっていくような気がした。
「……きっといつか翔奏に逢えるよ」
 先輩の声はピアノの音に負けてしまいそうな、とても静かな声だったけど、私の耳にはちゃんと聞こえた。
 そんな言葉は慰めの言葉だって分かってる。でもその気持ちが、嬉しかった。
 先輩は今どんな顔をしてピアノを弾いているのだろう。見たくても、自然と零れた涙を見られたくなくて、顔を上げることができなかった。
 ピアノの音から先輩の優しさが伝わってきて、心地がいい。
 高音の力強く、重くのしかかるような音さえも、海の中にぷかぷか浮いていたら、たまに押し寄せてくる波のように響いてくる。
 でもその波はさっと引いていき、またやってくる。
 私のこの暗い気持ちを押し流すような音が、心を満たしても、それだけではまだこの深くて暗い気持ちを拭うことができなくて、その音に隠れるように私は静かに涙を流した。
 一つ一つの音が丁寧で、耳で溶けていくような感じがする。
 私はそんなに耳がいいわけでもないし、音楽に詳しいわけでもない。でも智歌先輩の奏でるピアノの音が、世界で一番好きだった。
 明かりが灯り、そこから仄かな光が舞うように、少しずつ心を癒してくれる。
 作者のことを考えながら、その思いに応えるように先輩はピアノを弾く。こうやって先輩がいくつもの曲を弾いてくれるおかげで、少しばかり私も音楽に詳しくなれた。
 最後の音を弾き終わると、先輩はそっと鍵盤から手を下ろした。
「深桜。何か弾いてほしい曲あるか?」
先輩はどんな慰めの言葉よりもピアノの方が、私を癒すことができると知っているのだ。だから何も言わずに、ピアノを奏でてくれる。
 私を気づかって、最善の方法を考えてそれを叶えてくれる。
 だから私もそれにちゃんと応えたかった。
 私は涙を拭って、精一杯の笑顔を浮かべて、先輩が創った曲をリクエストした。

「そろそろ帰れるか?」
「はい。ありがとうございます」
先輩がそっと鍵盤から手を離して、ピアノの蓋を閉めた。
 まだ心は沈んでいるけれど、さっきよりも心は軽くなっていた。