その先に何があるか分かっているかのように、智歌は電話を切りあげずに待っている。
 たぶん長い時間を過ごしてきた俺の考えなんて、お見通しなのだろう。それが分かると、話を切り出しやすくて助かる。
 智歌は、他人が思っていることを理解する力が優れていると、改めて思い知らされた。
「あのさ、智歌。言いにくいんだけどさ、その……ライブの後に空き地に、ちぃを連れてきてくれないか?」
智歌は、その問いにすぐに答えなかった。まるで俺の真意を探るみたいに、ただ黙って俺の言葉を待っている。
「……ずっと言いたいことを言いたいんだ」
俺は断言するように、はっきりと言い放った。智歌はしばらく何も言わなかったけれど、小さく息を吐くようにふっと笑った。
「分かった。必ず連れて行く」
彼の言葉に迷いはなかった。忠実に俺の願いを叶えようとしてくれている。でも、そうされればされるほど、罪悪感みたいなものがじんわりと心の底から顔を出す。
 どうせなら潔く断れた方がすっきりしたかもしれない。
「翔奏の方は大丈夫なのか? うまくぬけだせそうなのか?」
「まぁ何とかやってみるよ」
「なんだよ、それ。追っかけられないように気をつけろよ」
智歌の声は、笑っていた。
 この前、彼のことを責めてしまったのに、それを忘れてしまったみたいに、二人で笑い合った。
「智歌」
「何だ?」
彼は何も俺を責めようとはしない。智歌のちぃに対する気持ちを分かっていながら、こんなにも自分勝手なことを頼んでいるのに……。
「智歌は、ちぃのこと、好きなのか?」
「好きだって言ったらどうするんだよ。お前、逢うのやめるのか?」
智歌の全てを悟りきったような声に、俺は目が覚めたみたいに頭がすっきりとしていく。確かにそうだ。智歌が俺と同じ気持ちであったとしても、俺はちぃを諦めたりしない。そんな分かりきったことにも気づかず、苦笑してしまう。
 何か絡まっていたものが解けて、しっかりとしたものが腹の中に納まった気がした。
「そうだよな。ごめん」
「謝らなくていいよ。謝るのは俺の方だから」
「記憶がなくなって黙ってたことか? もう気にしてないから心配すんな」
それは嘘ではなかった。智歌は俺を気遣って嘘を吐いてくれたのだから、全く彼を責める気なんてない。
「智歌。……他に俺に黙ってることとかないよな?」