智歌先輩は、本当にそう思って訊いているのか分からなかった。本当の私は先輩の音が寂しく聞こえて不安になって、元気がないだけなのだ。昔はちゃんと気づいてくれたのに、どうして先輩は私のことをちゃんと見てくれなくなったんだろう。
 チケットが取れなかったのも悔しいけど、それだけじゃないって気づいてほしい。
 昨日のラジオであった先行電話予約を頑張ってみたけれど、電話が繋がったときはもう遅かった。
 全て完売していて、私はまたチケットを逃したのだ。結局、スマホから応募した抽選も当たることはなかった。私はまだ翔奏に近づけない。それは悔しいし、智歌先輩の方が、彼よりも私の傍にいる。
 それは明らかなのに、どんどん私は智歌先輩から離れているような気がしてならない。
 そのせいか、私も智歌先輩の真意が分からなくなってきている。
 本当は先輩の音が聴けなくなるのが怖いって、素直に言いたいけれど、今の中途半端な気持ちで答えるわけにはいかない。
「今度は、一般のネット予約があるのでそっちで頑張りますよ。そこで、何としてでも手に入れるしかないですね」
私は自分の気持ちを誤魔化すように、笑ってみせた。先輩に正直であるように言われたけど、自分の気持ちがはっきりしない以上、正直にはなれない。
 心の中に霧がかかったみたいに、自分でも自分の気持ちが見えなくなっている。
「そっか。頑張れよ」
先輩も何か誤魔化すように笑っていた。
 お互い誤魔化しているせいで、微妙な空間が二人の間にできている。
 どこか遠慮している感じがして、ちぐはぐな雰囲気になってしまう。昔みたいに、二人とも思ったことを言えなくなってきている。
「はい! 先輩も応援してください。私がちゃんとチケットをとれるように!」
元気な振りして答えてみるけど、先輩は呆れたようにため息を吐いただけだった。
 私が無理していることに気づいているけど、あえて触れてこない。この微妙な距離感を保ったまま、私たちは窓の外に広がる同じ景色を見つめた。
「なぁ深桜」
「はい? 何ですか?」
ふいに先輩が口を開いて、窓の景色を見つめたまま続けた。
「俺、正直になれっていったよな」
思いもよらない言葉に私の心臓が跳ねた。まさかこの微妙な距離感を、いきなり詰められるのかと思って身構えてしまう。
 でも先輩は、全くそういうつもりで言ったわけではないようだった。