目に涙がじんわりと滲んで、必死に目を閉じて堪えた。涙なんて見られるのも恥ずかしいし、それを我慢できないのも悔しいから、見せたくなんかない。それなのに、今にも目の端から涙が零れそうになってしまう。
 誰か助けて! 翔奏! 智歌先輩! 千歳さん!
 私は彼らの名前を心の中で、思いっきり叫んだ。
「お前! 何してんだ」
その声に私は救われた気がした。ぎゅっと閉じていた目を開くと、すごい形相の智歌先輩と、その数歩後ろから心配そうに駆け寄る千歳さんの姿があった。
「智歌先輩。千歳さん」
私は彼の手の力が緩んだすきに、その場から離れて千歳さんの腕にしがみついた。解放されたのに、まだ怖くて震えが止まらない。
「深桜。大丈夫?」
「……うん。ありがとう」
「深桜が連れてかれるのが見えて、やばいと思ったから智歌先輩呼んできたの」
千歳さんはそっと私の頭を撫でると、私の手を安心させるように優しく握ってくれた。その温かみが嬉しくて、私は零れそうな涙を拭った。
 顔を上げると千歳さんが睨むように彼を見据えて、その先で先輩の瞳と目が合い、その顔が歪んだ。
「お前さぁ、深桜のこと好きなら泣かせてんじゃねぇよ」
智歌先輩の平坦で無機質な声が、呆然と立ち尽くす彼に向って放たれた。冷静で単調な声だけれど、その鋭さはたぶん怒声よりも気迫と憎しみが含まれている。
「蓮見」
でも彼は臆することはなかった。智歌先輩と向き合おうように真っすぐと見返していた。
「もう深桜に近づくな」
智歌先輩は釘をさすように言うと、そっと彼に背を向けた。
 でもその態度が気に食わなかったのか、背を向けられた彼は、屈辱を噛みしめるように眉間に皺を寄せ、奥歯を食いしばる。
「蓮見、お前にだけはそんなこと言われたくなぇよ! お前なんか、好きでもねぇやつと付き合ってるくせに、何でそんなことお前なんかに言われなきゃいけねぇんだよ」
「……少なくともお前よりはマシだ。深桜のことなんかより、自分の気持ちを他人に押しつけてるお前よりはな」
先輩は彼の方に振り返り、さっきよりも鋭い声で言い放った。
 今度は彼の顔は苦痛に塗りつぶされた。先輩の言った言葉に心当たりでもあるかのように、ぐっと口を噤んでしまう。そんな彼に追い打ちをかけるように、先輩の声が続いた。