高音が低音を追い越したように、今度は高音に低音が被さるように紡がれていく。
 どこか寂しいような感じがするけれど、心に響いてくる和やかさがある。
 そして、誰もが知る軽やかなメロディへと入っていく。
「先輩。私この曲好きです」
「知ってるよ。……それよりどうだった? 結果は?」
先輩の声は私の声を適当に受け流すような無機質な声だった。
 もう待てないというように、先輩の厳しさが垣間見える。
 ピアノの音も激しさを増していく。
 本当はくよくよせずに、自分から切り出すべきなのだ。その時間を先輩はちゃんとくれたのに、それに私は応えることができなかった。本当に情けない。
 でもきっと言わなくても、先輩は全てを察してくれている。それでも私の口から言わせたいのだろう。一度は切り離しても、ちゃんとそういう場を与える先輩の厳しさと優しさが嬉しくて、何となくそれが彼に憧れる理由でもある気がした。
 先輩は何も言わず、ただ私の答えを待ってくれた。諦めもせず、呆れもせずただじっと待ってくれている。
 その間、手を休めることなく先輩はカノンを弾き続けた。
「……先輩、ごめんなさい。私……」
ここがもし何も聞こえない静寂に満たされたところだったら、とても言う気にはなれなかっただろう。
 悲しくて辛くて涙を堪えるのに必死で、声が震えてしまう。先輩に泣きそうになってる姿なんて見られるのは恥ずかしい。
 本当はしっかりした声で言いたいのに、震える声は止まらず弱々しくなってしまう。
「私……一次通らなかったです」
先輩にちゃんと聞えたかどうかも分からない。でもそれを口にできた瞬間、とても儚く寂しい喪失感が押し寄せてきた。
 鳥肌がたって、背中に冷や汗が伝った。
 ちょうどここからだとピアノで先輩の表情も見えない。きっと先輩からも私の顔は見えないだろう。
 先輩はなにも言わず、カノンを弾き続け、最後まで奏で続けた。
 最後の余韻を残すように、講義室に響き渡る音さえ寂しく聞こえてしまう。
 また二人の間に沈黙が降りた。
「深桜」
先輩は呟くように私の名前を呼ぶと、今度はドビュッシーの「夢想」を弾いてくれた。
 ゆったりとしたメロディに、切なさの中に温かさのあるような不思議な雰囲気の曲だ。
 そしてその音に紛れるように言葉を紡いだ。
「お前、翔奏に読んでもらえるだけで嬉しいって言ってただろう」
「はい。……でも」