一限目の講義室は、どこかまだぼんやりとしていて活気がない。それに朝早いし、必修ではない教養科目だからか、受講者数もそんなに多くはない。
 この科目を取っている友達もいないし、私は一人お気に入りの席についた。窓際寄りで、講義室のちょうど真ん中辺りだ。
 椅子に座り、隣りに鞄を置いた。文房具を出して授業に備えてから、私はバインダーの一番最後のページを開いた。
 そこからはいつでも小説がかけるように、ページを設けている。浮かんできた言葉やネタを忘れないうちにメモをとる。
 千歳さんは小さなメモ帳を持ち歩いているみたいだけど、私は道端でうかんだものはスマホのメールに打ち込んで、自分のパソコンのメールに送っている。
 千歳さん曰く、手で書いた方が速いらしいけど、私は、誰かに覗かれそうで、こうやって一人のときじゃないと紙に書くことができない。スマホだと、メールを打っているように見え、誰も不思議に思わないから私にとってはやりやすい。
 それにこのノートは自分自身の気持ちを映したみたいで、見られると恥ずかしいのだ。
 そのメモをぱらぱらと捲りながら、次はどんな小説をかこうか考えていたら、始業のチャイムが鳴り響いた。

「深桜ちゃん」
講義が終わって廊下に出ると、後ろから声をかけられた。私は声の方に振り返ると、見覚えのある顔があった。
 私はその顔を見た瞬間、その真っすぐに注がれる瞳から視線を外した。
「えっとあなたは……」
その後に言葉が続かなかったのは、気まずくて言葉が詰まってしまったからだ。
 彼は一度だけ千歳さんと合コンに行ったときに、智歌先輩を馬鹿にしたような言い方をして、翔奏の曲を歌った人だった。
 あの後、千歳さんに励まされたけど、こうやってまた面と向かって接すると、後悔が滲んでしまう。
 逃げるようにカラオケボックスを後にしたことは、はやり今考えても大人気ない。
 私は彼にすっと視線を戻して、持っていた鞄をぎゅっと握りしめた。
「ちょっと今いいかな?」
彼の声は戸惑いがあるものの、強い意志が固まっている声だった。
 私は後悔と申し訳なさから、頷いて応えることしかできなかった。
「ここじゃあ何だから、ちょっと場所変えていいかな」
有無を言わせないその問いに、私は彼についていくしかなかった。
 緊張からか何も言葉が出てこない。