先輩はいつもより歯切れが悪く、そのせいか空気も重い。風邪でもひいたかのように、だるそうで活気がなかった。
「智歌先輩? どうされたんですか? いつもよりもなんか元気がないみたいですけど?」
「そうか? それより深桜が元気すぎるんじゃないか? なんかいつもより、うかれてるみたいだ」
彼は誤魔化すように力なく笑った。でも目は遠くを見ていて、瞳には私が映っているのに視線が合ってはいなかった。
 何かあったのだろうか。こんな先輩見たことない。
 でも事情も分からないし、このまま彼から離れるのも不自然に思えて、私は気づかないふりをしてとぼけてみせた。
「えっ? そうですか?」
「なんかいろいろ吹っ切れたみたいに見えるから」
いつもいつも智歌先輩の洞察力には困ってしまう。智歌先輩を気づかって明るく振舞っていたのに、ちゃんと先輩はその奥に隠している私の気持ちを見透かしている。
 恥ずかしいけれど、当たってしまうのはちょっと悔しい。でも正直に認める以外の選択肢は私にはなかった。
「先輩には敵いませんね。私、一次に落ちたことはショックですけど、前よりはそんなに考えなくなったんです。それよりも今は、早く翔奏が選んだ小説を読みたいんです」
「そうか。一応ライバルとなるんだから、勉強も兼ねて受賞作は読んでおく必要はあるだろうな」
何となくだけれど、いつもの智歌先輩の雰囲気が戻って来たみたいだ。言葉は厳しいけれど、私のことを心配してくれている。
 でも先輩の言ったことは少し的が外れているから、まだ本調子ではないみたいだ。いつもの先輩だったら、もっと深く私の気持ちを汲み取ってくれる。
「そういう意味じゃないんです。今後のためっていうか、ただ純粋に読みたいんです。翔奏が選んだ小説が、どんなふうに彼を惹きつけたのか。あっ! でも作家になるのを諦めたわけじゃないですからね!」
私は元気よく両手に拳を作って、ガッツポーズをとった。その姿に微かな笑みを智歌先輩が零したのを私は見逃さなかった。
 少し元気が出てきたみたいだ。
 どうやら思い残すことなく、この場を離れることができそうだ。このまま先輩が沈んだままだと、先輩が気になって講義に集中できなくなるところだった。
「先輩。では私、講義があるのでまた」
「あぁ。頑張ってこい」
先輩に軽く手を振って、私はその場を離れて講義室へと向かった。