藤沢翔奏のライブツアーの先行応募画面を、私は何度も見直した。住所、氏名はもちろん、ツアー希望場所も間違いないか、しっかり確認した。
 後は、スマホの「応募する」をタップするだけだ。
 公式ページにもSNSにも書いてなかったライブ情報が、こんなところで手に入るなんて思ってもいなかった。新作CDの初回限定版のみに入っている先行ライブチケットプレゼントコード。CD発売の際もこんなこと言ってなかったから、正直この応募規約を見たときは驚いた。
 日程はどうやら半年後にスタートして、十ヶ所に及ぶライブが行われるらしい。
 とにかくチケットを手に入れたい私は、その応募画面の中にある感想や翔奏に伝えたいことを入力するところに、新曲の感想を思うがまま、欄いっぱいに書き連ねた。
 小説賞では破れてしまったけど、今度はライブで会うことができる。
 生の歌声を聞くのは初めてだし、どんな格好をしてライブに行っていいのかも分からない。きっとライブの日の前日は、眠れないだろう。
 まだチケットは手に入っていないにも関わらず、私はそんな果てしないことを考えていた。考えるだけでドキドキしてしまう。
 もしかしたら小説賞に受賞した人は、今こんな気持ちでドキドキして、授賞式を楽しみにしているのかもしれない。そんなことを思ったら、何だかおかしくてくすりと笑みが漏れた。
 受賞者は自分ではないけれど、今はもうあまり悔しくはない。羨ましいっていう気持ちも、もうどこかへ行ってしまった。
 ただ早く受賞者の選評を見たいし、その作品を読んでみたい。発売はまだ遠いだろうけど、楽しみで仕方がなかった。
 そして私は、スマホの画面をタップして、応募完了させた。
 スマホに向かって、私は手を合わせて当たる様にお願いした。
 こんなところを誰かに見られたら恥ずかしいけれど、今は形振り構っていられない。どうしても翔奏のライブに行って、生の歌声を聴くのだ。
 そして、私は、大学へと向かった。
 大学に入りを、守衛室を通り過ぎて、中庭に出ると見慣れた背中を見つけた。
「智歌先輩。おはようございます」
私はその背中に呼びかけ、その隣りに駆け寄り、自然と彼の歩調に合わせて歩いた。
「今日は早いんですね。講義ですか?」
「……いや、ちょっと早く家を出たかっただけ」