そういえば、今日、母親は千歳さんの家の初七日だからと言って、準備していた気がする。何があるかは詳しくは知らないけれど、今日は家を開けるからと留守番を頼まれた。
 その約束はきっともう叶わない。いつの間にか夕日は傾いて、薄暗くなっていた。
 俺は遅れて頷いて応えた後、ちぃの母親に頭を下げた。
「すみません。こんなことになってしまって……」
「ううん。先生の話だと傷も浅いから跡も残らないだろうし、心配いらないって。だからあなたも心配しないで。それよりもありがとう。深桜、退屈していたから、仲良くしてくれて助かったわ」
本当にそう思っているらしく、ちぃの母親は穏やかに微笑んだ。でも、ちぃに似たその目の端に、うっすらと娘を心配する母親の瞳が滲んでいた。
「あなたは翔奏くん? ……それとも智歌くん?」
後から俺の名前が出てきたことが何となく、ショックだった。何気ない一言だったけど、何となくちぃは、俺のことよりも翔奏の方をよく話していたんじゃないかと思ったのだ。
だからちぃの母親も翔奏の名を先に出したのかって……。考えすぎかもしれないが、その時の俺はそう感じてしまった。
「チカだよ」
俺が答えるより前に、ベッドから声が聞こえた。
ちぃは薄らと目を開けると、そっと微笑んで俺たちの方に顔を向けた。
「ちぃ!」
「深桜!」
俺とちぃの母親の声が重なり、二人で彼女の顔を上から覗いた。
「意識が戻ったみたいだね。深桜ちゃん、気分はどう?」
「ちょっと気持ち悪いだけ。でも大丈夫」
先生の質問に、ちぃは顔を先生の方に向けて答えた。
「どこか痛いところはあるかい?」
「ううん。平気」
「よかった」
ちぃのはっきりとした答えに、ちぃの母親は安心したようにそっと言葉を漏らした。
「お母さん。意識もしっかりしているし、大丈夫かと思いますが、念のため、大きな病院でもう一度診せた方がいいと思います。それで――」
それから先生とちぃの母親は難しい話をし始めて、俺は二人の会話についていくことができなくなった。
「ねぇ、チカ。ここどこ?」
「病院だよ。ちぃ、あの階段から落ちたんだ。それでここまで連れてきた。この村にはここしか病院ないから。それよりちぃ大丈夫?」
俺は無意識に、そっとちぃの手を握った。ちぃは少し驚いていたけど、その手を振りほどこうとはしなかった。