その時、ようやく俺はちぃのことが好きなんだと気づいた。自分の気持ちに気づいたら、余計にみじめな気持ちになって、本当は訊きたくないことをちぃに訊いていた。
「なぁちぃ。ちぃは翔奏が好きなのか?」
「えっ? なんでそんなこと?」
「いや。何となくな。見てて分かるよ」
明らかに様子のおかしいちぃを見て、俺は強気に笑って見せた。自分の気持ちを隠すために、笑いたくもないのに俺は笑ったのだ。
「えへへ」
照れたように笑った彼女の表情が、全てを物語っていた。
さっきとは違って、動揺のせいか、覚束ない足取りで階段を一段ずつ降りる彼女の背中を、俺はただ見つめていた。
そしてくるっと振り返って、彼女は頬を少し赤らめて言ったのだ。
「カナには絶対内緒だよ」
その一言がなければ、俺はまだ彼女の手を取ることができたのかもしれない。
ちぃはこちらを向いたまま、後ろ足で階段を一段降りようとした。
でもちぃは、踏み外してしまい、彼女の身体がぐらっと揺らいだ。
「あっ!」
「ちぃ! 危ない!!」
彼女が階段から落ちてしまう。
それは分かっていたにも関わらず、俺は一瞬、手を伸ばすのが遅れてしまった。
なぜだか分からなかった。心辺りがあるとすれば、ショックだったからだろう。自分よりも翔奏を選ばれたことが……。
ただその一瞬の遅れが、不幸を招いたんだと思う。
遅れて彼女に差し出した右手があと少しでちぃの手に触れようとしたのに、俺はその手を掴むことができなかった。
それがトラウマになってしまったのか、その日からピアノを弾くとき力がでなくなってしまった。特に右手の薬指と小指に力が入らない。この出来事がなければ、もっとうまく弾けるはずだ。でもいつまでたっても固まった右手は治らない。
ちぃが目の前からいなくなって、そっと下を見ると、階段の下でちぃが倒れていた。俺は動くことができずに、呆然とその光景を見下ろした。
俺が手を掴めていたら、こんなことにはならなかったのに……。
遠くからでも分かる。ちぃは全く動かず、頭からじわりと血が滲んで、地面を少しずつ赤く染めた。
こういう時、どうすればいいのだろう。
俺は急いで階段を降り、ちぃに近づいた。
俺は数段先に倒れるちぃにそっと手を差し出した。その時、目の端に誰かの姿が映って、そちらに目を向けた。
その先に微かだけれど、翔奏の後ろ姿が見えた。
「なぁちぃ。ちぃは翔奏が好きなのか?」
「えっ? なんでそんなこと?」
「いや。何となくな。見てて分かるよ」
明らかに様子のおかしいちぃを見て、俺は強気に笑って見せた。自分の気持ちを隠すために、笑いたくもないのに俺は笑ったのだ。
「えへへ」
照れたように笑った彼女の表情が、全てを物語っていた。
さっきとは違って、動揺のせいか、覚束ない足取りで階段を一段ずつ降りる彼女の背中を、俺はただ見つめていた。
そしてくるっと振り返って、彼女は頬を少し赤らめて言ったのだ。
「カナには絶対内緒だよ」
その一言がなければ、俺はまだ彼女の手を取ることができたのかもしれない。
ちぃはこちらを向いたまま、後ろ足で階段を一段降りようとした。
でもちぃは、踏み外してしまい、彼女の身体がぐらっと揺らいだ。
「あっ!」
「ちぃ! 危ない!!」
彼女が階段から落ちてしまう。
それは分かっていたにも関わらず、俺は一瞬、手を伸ばすのが遅れてしまった。
なぜだか分からなかった。心辺りがあるとすれば、ショックだったからだろう。自分よりも翔奏を選ばれたことが……。
ただその一瞬の遅れが、不幸を招いたんだと思う。
遅れて彼女に差し出した右手があと少しでちぃの手に触れようとしたのに、俺はその手を掴むことができなかった。
それがトラウマになってしまったのか、その日からピアノを弾くとき力がでなくなってしまった。特に右手の薬指と小指に力が入らない。この出来事がなければ、もっとうまく弾けるはずだ。でもいつまでたっても固まった右手は治らない。
ちぃが目の前からいなくなって、そっと下を見ると、階段の下でちぃが倒れていた。俺は動くことができずに、呆然とその光景を見下ろした。
俺が手を掴めていたら、こんなことにはならなかったのに……。
遠くからでも分かる。ちぃは全く動かず、頭からじわりと血が滲んで、地面を少しずつ赤く染めた。
こういう時、どうすればいいのだろう。
俺は急いで階段を降り、ちぃに近づいた。
俺は数段先に倒れるちぃにそっと手を差し出した。その時、目の端に誰かの姿が映って、そちらに目を向けた。
その先に微かだけれど、翔奏の後ろ姿が見えた。
