これからしばらく、ちぃとは会えなくなるのか。でもまたすぐ会える。俺はそう信じて、晴れやかな気持ちで、ちぃに一時の別れを告げることを決意した。
「チカ。もう来てたんだ」
一瞬、空耳かと思ったけど、後ろを振り返ると、ちぃの姿があって驚いた。人の噂をすればその人が現れるって聞いたことがあるけど、本当みたいだ。
「ちぃ。どうしたんだよ。今日、忙しいって言ってたじゃん?」
「うん。でもまた三人で会えたら会おうってカナが言ったから来たの。聞いてない?」
「あっ、いや。……ちょっと本当に来るとは思わなくて」
何となく、翔奏が抜け駆けして、ちぃを呼び出したことを悟った。
 でも、翔奏を責めるようなことを言って、ちぃに不快な気持ちをさせたくはなかったから、知っているふうに答えてしまった。
 たぶんこのとき嘘なんかつかずに、素直に知らなかったって言えばよかったのかもしれない。俺の嘘はきっとここから始まった。
「え~チカ酷い。これでもお母さんのお手伝い頑張って、来たんだから。あっ! チカ、それグラシオラス? うま~い」
ちぃは俺の描いた絵を覗きこんで、にっこり微笑んだ。その顔が間近にあって思わず、心臓が跳ねた。
「この花、カナと植えたんだよね?」
「あぁ、そうだけど」
その言葉で、ちぃの笑顔で温かくなっていた俺の心がさっと冷めた。
 ちぃが穏やかな表情で花を見つめていたからだ。まるでそれは好きな子を遠くから見ているような顔で、たまにぼうっと翔奏がちぃを見ていた表情と同じだった。
 俺はさっと目を逸らし、ズキズキと痛む胸を抑えるように、ぎゅっと持っていた鉛筆を握り締めた。
「カナ遅いね~」
「うん」
俺は大きめのショルダーバックを肩にかけて、大切に鉛筆とスケッチブックを中に仕舞った。そして先に階段の方へと向かうちぃに続くように、フェンスをすり抜けて追いかけた。
 ちぃは一度上から下を見下ろすと、とことこと階段を降りはじめた。その姿はかわいらしいのに、翔奏に会うのが待ち遠しいみたいに見えて、どんどん俺の心が冷めていく。
 俺は視線を彼女の後ろ姿から逸らしながら、階段を降りた。
 どうしてこの子は、翔奏を好きになったんだろう。過ごした時間は同じなのに、どうして俺は好きになってもらえなかったんだろう。