そして、高校に入り、深桜も俺のことを忘れていくだろうと思っていた。
 ただ、その一年後、高校の中で、深桜に似た子を見つけて、すぐに名前を確認して、俺と同じ高校に深桜が偶然、入学したのを知った。
 そして俺は、わざと深桜が帰るところを見計らって、ピアノを弾いた。偶然を装って深桜と再会するためだ。
 俺のピアノを聞けば、もしかしたら、翔奏のことも思い出してくれるかもしれないという思いもあった。
 これで深桜が来なかったらそれまでだ。俺にとっては、それは賭けだった。
 でも何となく深桜はこの曲を聴いて、音楽室に一人でやってくるという気がした。
 案の定、深桜は音楽室にやってきた。
 俺も翔奏のように一つだけ暗い過去を抱えている。あの時俺がちぃを助けてあげていたら、こんなことにはならなかったのだ。
 翔奏ではなく、彼女を助けることができたのは俺だった。
 深桜があの村を離れる前日の昼過ぎに、三人で手を重ねて再会を約束したのに……。
 俺がその約束を破る原因をつくったのだ。

 俺は用事があると翔奏に朝早く電話で断られてから、一人で朝から空き地へと向かった。夏休みの図工の宿題で絵を描くためだ。描くならやっぱり花がいい。
 風景は時間がかかるし、難しい。花なら何とか模写しやすいし、時間もそんなにかからない。色付けは家でやるとして、下書きだけでも今日終わらせようと思って、俺は黙々とフェンスに背を預けて、空き地でグラジオラスを描いた。
 昔から、なぜそこにあるか分からない李の木や、自然と咲き乱れているローズマリーや撫子と違って、この花だけは俺と翔奏で植えたものだ。
 ピアノ教室の入り口に置くために姉が買ってきて、一つ余ったからと俺にくれたのだ。
 でも一つだけもらっても、俺にはどうすることもできなかった。ピアノ教室の入り口といっても、そこは俺の家の玄関でもあるわけだから、一緒に植えることなんてできない。あの場所は満席になったから、こうやってこの花は俺の所にきてしまったのだ。
 それで翔奏に相談したら、空き地に植えようってことになって、学校の図書室で育て方とか調べながら、ここまで育てた花だ。
 ここでは場違いかもしれないけど、堂々と赤と白の花を鮮やかに咲かせるグラシオラスは、嫌いじゃなかった。
一通り下書きを終えると、俺は満足したようにぐっと腕と背筋を伸ばした。