「何言ってるの。その日は千歳さんのお祖父さんの初七日だったじゃない。ちぃちゃん、その前に出かけるって言って、結局帰ってこなくて、ちぃちゃんのお母さんたちが、ちぃちゃんを探しに家を出ようとしたときに、ちょうど病院から電話がかかってきて、石段で転げ落ちたって分かったんじゃない。
 それでちょっとバタバタしちゃって、本当は初七日が終わった次の日に帰る予定だったのを、そんなことになったから、そこから、ちぃちゃんの家の近くの病院に移ることになって、その日にすぐ帰っちゃったのよ。だからてっきり、ちゃんとさよならできないことがショックで、翔奏は何も言わなかったのかと」
「ごめん。ちょっと記憶が曖昧だったみたい。とにかくちぃは元気なんだね」
俺は心を落ち着かせるように、お茶をぐいっと飲んだ。でも頭が混乱しているせいか、お茶の苦味を感じない。
「母さん。ありがとう。じゃあ俺帰るから」
俺は一気に残りのお茶を飲み干して、立ちあがった。母さんは座ったまま、俺を見上げてにっこりと微笑んだ。
「翔奏。もしちぃちゃんに会いたいなら、智歌くんに訊いてみたら?」
「えっ? どうして?」
俺が首を傾げると、くすっと笑って母親は答えた。
「確か智歌くんと同じ大学だって聞いたわよ」
「なんだって! それって本当?」
「えぇ。智歌くんのお母さんから聞いたから、間違いないと思うけど」
俺の声とは違って、母親の声はどこまでも穏やかだった。
 智歌はちぃのことを知っていたのだ。俺はてっきりちぃは亡くなったとばかり思っていたのに、彼女のことをずっと引きずっていた俺に、どうして智歌はそのことを黙っていたのだろう。
 いつも傍で支えてくれた智歌は、どうして何も話してくれなかったのだろう。
「……そうなんだ。ありがとう」
自分の声ではないような低い声を残して、俺は母親に見送られながらその場を後にした。
 そして俺は家を出てすぐに、ポケットからスマホを取りだした。
 俺は歩きながら、すぐ智歌に電話をかけた。
 長く続くコール音さえもどかしい。
 どうして智歌は黙ってたんだ。俺が、ちぃのために歌を歌い続けていたのを知っていたくせに……。
 どんどん腹が立ってきてスマホを握る手に力が籠る。
 コール音から留守電に変わって、俺はアナウンスが続く電話を切り、無駄だと分かっていながら、何度か電話をかけた。