あの時の恐怖をまた繰り返すのかと、不安が過ったけれど、きっと話を聞けばたぶん心が少し楽になる気がした。智歌以外にも、ちぃのことを話せる人が増えるからだ。
 過去に縛られ続けてもいられない。俺はぐっと堪えるように、お茶の入った湯のみを握り締めた。
「ちぃちゃんは、千歳さんところのお孫さんよ。あなたが今行ってきたっていうお父さんの実家の村にあるお家の千歳さん。そのお家のお祖父さんが亡くなって、ちょうど夏休みだったから、葬儀が終わるまでずっとその家にいたのよ。翔奏。覚えてる?」
「あぁ。それで一週間くらいいたんだよね。葬儀でいろいろ忙しいからって。それで一緒に遊んでたのは覚えてる」
「その後のことは?」
「……それは」
俺は言葉を詰まらせた。母さんは俺のことをどこまで知っているのだろう。今それが明らかになることが分かり、俺の脈は速くなり、緊張が包み込んだ。
「ショックだから覚えてないのかもしれないけど、よく智歌くんと遊んでた空き地があったじゃない。そこの石段から、ちぃちゃんが落ちちゃって。頭打って、大怪我しちゃって。それで翔奏がお別れ言えないまま、別れちゃったからショック受けちゃったのかと思って、お母さんたち何も言わなかったの。翔奏、すごく落ち込んでたから。あまり思い出したくないのかなって。でも今は元気にやってるらしいわよ」
俺を安心させるためか、母親は軽く微笑んでお茶をすすった。
 でも俺はその最後の一言が引っかかって、大きく目を見開いた。
「……ちょっと待ってくれ! ってことは、ちぃってまさか……まだ生きてるのか?」
「何言ってるの、翔奏。頭打って大変だったけど、今は傷口もあまり残ってないみたいだし、後遺症もないって。千歳さんの叔父さんの話だと今は大学生だって」
母親は何だか楽しそうに、ちぃのことを語った。
 その顔に、嘘は一切見当たらない。俺は訳が分からず、真っ白な頭で過去を遡ってみた。ちぃが生きているなんて、そんなこと簡単に信じられるわけがない。
「だって母さん。あの日ちぃのお通夜にいったんじゃ」