「ちょっと昔住んでた父さんの村に行ったから。その帰りにちょっと寄っただけ」
「そう」
母親にとっても、村のことはあまり思い出したくないのだろうか。もしかして俺が犯した罪が村の人にばれて、それで陰口を言われたのかもしれない。
それなら母親にも迷惑をかけたことになる。何だか今更だけど、申し訳ない。
でも幸いなことに、今でも智歌の母親とは仲がいいと聞いている。
「父さんは? まだ仕事?」
母親を前にすると、なぜか田舎なまりが出てしまう。テレビとかラジオでは、なまりなんて出ないのに不思議だ。
「えぇ。そろそろ帰ってくるとは思うけど」
「そっか。でも時間ないからすぐに帰るよ」
「そうなの? 残念だわ」
母さんは、台所でお茶を準備しながら、小さく答えた。
久しぶりに会ったからか、村のことを聞いたせいか、どこか母親の言動がぎこちない。前者だったらいいのだが、きっと後者の方が強いだろう。
胸騒ぎがして、どんどん不安がつもっていき、俺は母親から目を逸らすように部屋を見渡した。でも、俺はちゃんと訊きたかった。彼女のことを知る人から、何でもいいから彼女の話を……。例えそれが過酷な現実であったとしてもだ。
俺は母親が前に座ったのを見計らって、そっと口を開いた。
「……なぁ母さん。ちぃって覚えてる。千歳深桜って、前住んでた家の村に遊びにきてた」
「……翔奏。どうしたの? ……急に」
明らかに母親の様子がおかしかった。彼女の名前を聞いた瞬間、顔色が変わり、動揺している。やけにそわそわしていて、まるで何かを隠しているみたいだ。
「母さん。俺さ。小説の審査員したって話したじゃん。それでその応募作品の中に、彼女と同じ名前があってさ。それで、その内容も村で遊んだ記憶と同じだったんだ。それで何となく田舎に行ったんだ。でもダメだった。ちぃは見つからなかった」
母親は俯いたまま、じっとお茶に浮かぶ波紋を見つめていた。その様子は明らかに、いつもと違った。
俺がいきなり、ちぃの名前を挙げたからからだろうか。
母親は一口お茶を飲むと、ふうと肩の荷が下りたみたいに息を吐いた。
「翔奏。あなたからその子の名前が出るなんて信じられなくて。ちょっと驚いちゃったけど……。ちぃちゃんのこと話していいのね?」
俺は真剣な母親の眼差しに、ただ黙って頷いた。
「そう」
母親にとっても、村のことはあまり思い出したくないのだろうか。もしかして俺が犯した罪が村の人にばれて、それで陰口を言われたのかもしれない。
それなら母親にも迷惑をかけたことになる。何だか今更だけど、申し訳ない。
でも幸いなことに、今でも智歌の母親とは仲がいいと聞いている。
「父さんは? まだ仕事?」
母親を前にすると、なぜか田舎なまりが出てしまう。テレビとかラジオでは、なまりなんて出ないのに不思議だ。
「えぇ。そろそろ帰ってくるとは思うけど」
「そっか。でも時間ないからすぐに帰るよ」
「そうなの? 残念だわ」
母さんは、台所でお茶を準備しながら、小さく答えた。
久しぶりに会ったからか、村のことを聞いたせいか、どこか母親の言動がぎこちない。前者だったらいいのだが、きっと後者の方が強いだろう。
胸騒ぎがして、どんどん不安がつもっていき、俺は母親から目を逸らすように部屋を見渡した。でも、俺はちゃんと訊きたかった。彼女のことを知る人から、何でもいいから彼女の話を……。例えそれが過酷な現実であったとしてもだ。
俺は母親が前に座ったのを見計らって、そっと口を開いた。
「……なぁ母さん。ちぃって覚えてる。千歳深桜って、前住んでた家の村に遊びにきてた」
「……翔奏。どうしたの? ……急に」
明らかに母親の様子がおかしかった。彼女の名前を聞いた瞬間、顔色が変わり、動揺している。やけにそわそわしていて、まるで何かを隠しているみたいだ。
「母さん。俺さ。小説の審査員したって話したじゃん。それでその応募作品の中に、彼女と同じ名前があってさ。それで、その内容も村で遊んだ記憶と同じだったんだ。それで何となく田舎に行ったんだ。でもダメだった。ちぃは見つからなかった」
母親は俯いたまま、じっとお茶に浮かぶ波紋を見つめていた。その様子は明らかに、いつもと違った。
俺がいきなり、ちぃの名前を挙げたからからだろうか。
母親は一口お茶を飲むと、ふうと肩の荷が下りたみたいに息を吐いた。
「翔奏。あなたからその子の名前が出るなんて信じられなくて。ちょっと驚いちゃったけど……。ちぃちゃんのこと話していいのね?」
俺は真剣な母親の眼差しに、ただ黙って頷いた。
