そこにある光景が信じられなかったからだ。
夏の日差しに照らされた石段の先で、ちぃが頭から血を流して倒れていたのだ。
彼女は、ぴくりとも動かず、手足は汚れていた。
それを見た瞬間、ちぃがこの石段から転げ落ちてしまったんだと理解した。
「ちぃ」
自然と呟いたその一言が合図であったかのように、俺はそこから逃げるように走って、来た道を戻った。
ちぃは、俺の嘘の混じった約束を守って来てくれた。でも、俺が来る前に、彼女は階段から転げ落ちてしまった。
俺が昨日呼びださなければ、ちぃはこんなことにはならなかった。
智歌を欺いて、二人だけで会おうとしたから、こんなことになってしまったのだろうか。
俺はただ走り抜け、自分の部屋に逃げ込んで、ベッドにもたれかかるように膝を抱いて涙を零した。
夕暮れが差し始め、虫の涼しげな声が聞こえ始めたころ、俺の部屋の扉が開いて、眩しい光が差し込んだ。
その時のことはあまりよく覚えていない。
ただぼんやりと母親の声を聞こえてきた。
「翔奏。お母さんたち、今から千歳さんの家に行ってくるわね」
母親が着ていた服は真っ黒で、その手には数珠が握られていた。それだけ見れば、子どもでも今から葬儀があることが分かる。
俺はのろのろと部屋の外に出た。そこに同じような服を着た智歌のお母さんの姿があった。
その傍らには智歌の姿はない。もしかしたら、もうちぃのとこに行っているのかもしれない。
「お母さん。俺も……」
その後が続かなかった。ただ一人、家に残されるのも怖い。でも当時の俺には母親についていくことができなかった。家に残るよりも、ちぃのところに行く方が怖かったからだ。
動かなくなったちぃを見たら壊れてしまいそうで、それを想像するだけで足が竦んで動かない。今だって泣き出しそうなのを必死に堪えているのだ。ここで泣いたら、母親に俺が昼間逃げたことがばれてしまいそうで怖い。
もう俺がちぃを見捨てて逃げたことなんて、ばれているかもしれないのに、俺はただ母親の優しい言葉を待ち続けた。
「翔奏。あなたも一緒に」
「ごめん。行ってらっしゃい」
そっと差し出された母親の手を、俺は取ることなくぎこちなく笑って、すぐに自分の部屋に駆け込んだ。
俺は現実を目の当たりにするのが怖くて、逃げたのだ。ちぃの姿だけじゃない。
夏の日差しに照らされた石段の先で、ちぃが頭から血を流して倒れていたのだ。
彼女は、ぴくりとも動かず、手足は汚れていた。
それを見た瞬間、ちぃがこの石段から転げ落ちてしまったんだと理解した。
「ちぃ」
自然と呟いたその一言が合図であったかのように、俺はそこから逃げるように走って、来た道を戻った。
ちぃは、俺の嘘の混じった約束を守って来てくれた。でも、俺が来る前に、彼女は階段から転げ落ちてしまった。
俺が昨日呼びださなければ、ちぃはこんなことにはならなかった。
智歌を欺いて、二人だけで会おうとしたから、こんなことになってしまったのだろうか。
俺はただ走り抜け、自分の部屋に逃げ込んで、ベッドにもたれかかるように膝を抱いて涙を零した。
夕暮れが差し始め、虫の涼しげな声が聞こえ始めたころ、俺の部屋の扉が開いて、眩しい光が差し込んだ。
その時のことはあまりよく覚えていない。
ただぼんやりと母親の声を聞こえてきた。
「翔奏。お母さんたち、今から千歳さんの家に行ってくるわね」
母親が着ていた服は真っ黒で、その手には数珠が握られていた。それだけ見れば、子どもでも今から葬儀があることが分かる。
俺はのろのろと部屋の外に出た。そこに同じような服を着た智歌のお母さんの姿があった。
その傍らには智歌の姿はない。もしかしたら、もうちぃのとこに行っているのかもしれない。
「お母さん。俺も……」
その後が続かなかった。ただ一人、家に残されるのも怖い。でも当時の俺には母親についていくことができなかった。家に残るよりも、ちぃのところに行く方が怖かったからだ。
動かなくなったちぃを見たら壊れてしまいそうで、それを想像するだけで足が竦んで動かない。今だって泣き出しそうなのを必死に堪えているのだ。ここで泣いたら、母親に俺が昼間逃げたことがばれてしまいそうで怖い。
もう俺がちぃを見捨てて逃げたことなんて、ばれているかもしれないのに、俺はただ母親の優しい言葉を待ち続けた。
「翔奏。あなたも一緒に」
「ごめん。行ってらっしゃい」
そっと差し出された母親の手を、俺は取ることなくぎこちなく笑って、すぐに自分の部屋に駆け込んだ。
俺は現実を目の当たりにするのが怖くて、逃げたのだ。ちぃの姿だけじゃない。
