父方の実家から、マンションに引っ越してからここには来ていないから、もう何年とこの地を踏んでいないことになる。ここで祖父母と叔父、そして母親の五人で暮らしていた。
叔父といっても結構父親と歳が離れていて、俺にとってはお兄ちゃんという感じだ。
たぶん今もその関係は変わらない。
俺の父親は単身赴任で遠くに一人で住んでいて、その家にはいなかった。
山に囲まれるようにあるこの田舎では、見渡す限り緑が広がっていた。季節が変われば、景色も変わるこの田舎は嫌いじゃなかった。人は少ないけれど、それなりに活気もあったし、ここで育った俺たちにとっては、過ごしやすい環境だった。
都会に憧れはあったけれど、その便利さを知らない昔の俺たちには、住み慣れたこの村で充分だった。
でも都会の味を知った俺には、たぶん今はどこか物足りなく思ってしまうだろう。
家から小道を抜けると田んぼ道が広がり、そこを通り過ぎると車が通れるくらいの大きい道に出る。
そこからまた歩いて、俺は一人地蔵に手を合わせた。ここを通る度に祖母に言われて、今もこうやって地蔵の前に立つと手を合わせたくなる。どんなに忙しくても、俺は地蔵の前を通る時は欠かさず手を合わせた。
あの頃は三人で手を合わせて、ここから上の空き地へと繋がる長い階段を上った。
でもあの日から俺はこの階段を上ることができなくなっていた。今もこの階段を上るのは怖い。こうやって見上げるだけで、あの日の光景が頭を過り、胸を締め付ける。
この階段でちぃは足を滑らせて、頭を強く打って亡くなった。その原因は俺にある。だから三人の楽しい思い出が一番詰まったこの場所は、俺にとっては一番辛い場所に変わってしまった。
当時はちぃの名を口にすることすら恐ろしくて、誰にも彼女のことを訊くことができなかった。
でも今はもう智歌には言えるようになったし、歌にして思い出を振り返ることだってできる。あとはこの階段を上るだけなのだろうか。
そうすれば、俺の心は救われるのだろうか。
ちぃは……千歳深桜は、俺を許してくれるだろうか。
俺は昔と変わらない静かな石段を下から見上げた。
小学生の時に過ごしたあの夏のみ時間光景が、浮かんできた。
♭
細い川の上に架かる橋を渡って少し歩くと、小さくてぼろぼろの遮断機がある。
叔父といっても結構父親と歳が離れていて、俺にとってはお兄ちゃんという感じだ。
たぶん今もその関係は変わらない。
俺の父親は単身赴任で遠くに一人で住んでいて、その家にはいなかった。
山に囲まれるようにあるこの田舎では、見渡す限り緑が広がっていた。季節が変われば、景色も変わるこの田舎は嫌いじゃなかった。人は少ないけれど、それなりに活気もあったし、ここで育った俺たちにとっては、過ごしやすい環境だった。
都会に憧れはあったけれど、その便利さを知らない昔の俺たちには、住み慣れたこの村で充分だった。
でも都会の味を知った俺には、たぶん今はどこか物足りなく思ってしまうだろう。
家から小道を抜けると田んぼ道が広がり、そこを通り過ぎると車が通れるくらいの大きい道に出る。
そこからまた歩いて、俺は一人地蔵に手を合わせた。ここを通る度に祖母に言われて、今もこうやって地蔵の前に立つと手を合わせたくなる。どんなに忙しくても、俺は地蔵の前を通る時は欠かさず手を合わせた。
あの頃は三人で手を合わせて、ここから上の空き地へと繋がる長い階段を上った。
でもあの日から俺はこの階段を上ることができなくなっていた。今もこの階段を上るのは怖い。こうやって見上げるだけで、あの日の光景が頭を過り、胸を締め付ける。
この階段でちぃは足を滑らせて、頭を強く打って亡くなった。その原因は俺にある。だから三人の楽しい思い出が一番詰まったこの場所は、俺にとっては一番辛い場所に変わってしまった。
当時はちぃの名を口にすることすら恐ろしくて、誰にも彼女のことを訊くことができなかった。
でも今はもう智歌には言えるようになったし、歌にして思い出を振り返ることだってできる。あとはこの階段を上るだけなのだろうか。
そうすれば、俺の心は救われるのだろうか。
ちぃは……千歳深桜は、俺を許してくれるだろうか。
俺は昔と変わらない静かな石段を下から見上げた。
小学生の時に過ごしたあの夏のみ時間光景が、浮かんできた。
♭
細い川の上に架かる橋を渡って少し歩くと、小さくてぼろぼろの遮断機がある。
