「ごめんな。深桜に怪我させたみたいで。でももう大丈夫だから」
その言葉は私に対する憐れみの言葉だった。別れた彼女に対する感情は、どこにもない。
 どうして先輩は逆何だろう。普通私ではなく、もっと彼女に憐れみの気持ちを向けるべきなのに……。
「じゃあ先輩はどうして付き合うんですか! こんなふうになるくらいなら、付き合わない方が」
私は今にも泣きそうな声で叫ぶと、涙が出そうになって、それを我慢したら言葉が途切れてしまった。私は何が悲しくて、悔しくて、こんなに泣きそうになっているんだろう。
 先輩に言われるがままついてきて、私はいったい先輩に何を伝えたいんだろう。
「ごめん。俺不器用だから、どうしていいか分からないんだ。でもさ。振られるより振る方がなんか傷つかない気がして。振られるのって怖いから、自分がそれをするってなると、あぁこの子にもそんな思いさせたくないから付き合おうって思って断れないんだ。ちゃんと好きって言葉にできるだけで、すごいなって思っちゃってさ」
「でも先輩。好きじゃないのに付き合って、思い出作って別れるのって辛いんですよ。だったら潔く振られた方が」
「深桜には分からない! 俺は少なからずその人の隣りを歩ければそれでいいって思ってる。だから俺に好きだって言ってくる子たちにもそうしてる」
乱れた先輩の声に、私は思わず身体を震わせた。そっと顔を上げると、気まずそうな先輩の視線とぶつかった。
 あんなに悲痛に歪んだ先輩の顔は、今まで見たことがない。 
「……ごめん。いきなり大きな声あげたりして」
先輩はそっと視線を逸らして、苦笑を浮かべた。でもその瞳は儚いままだった。
 私は情けない顔のまま、そんな先輩の顔を見つめて、すぐに顔を俯かせた。
「俺もさ、付き合う前に君のこと好きになれるか分からないってちゃんと言うんだ。でもそれでもいいからって、みんな言うから付き合った。好きでもないのに思い出作っちゃいけないなら、深桜はどうして俺といるんだ?」
私はその先輩の言葉に詰まり、言い返す言葉が全く見つからなかった。
「ごめん。変なこと言ってさ。これやるから許してくれ。それで今まで通り来てくれると嬉しい」
淡い笑みでそっと私に差し出したのは、まだ藤沢翔奏がデビューする前に録音したものを限定で配布していたCDだった。
 これが藤沢翔奏との初めて出逢いだ。