あまり連絡してこないから、今までで一番付き合いやすくて、俺のことを一番理解している人だ。仕事の関係もあるせいか、記念日とかクリスマスとかそういうものにもこだわっていない。
 不満はあるかもしれないが、少なからず俺が深桜のことを大切にしていても咎めない。俺にとって、たぶんこれが長く付き合える秘訣だろう。
 よく元カノから言われたのが、「私とあの子どっちが大切なんだ」っていう言葉だ。俺はこの言葉は大嫌いで、これを言われたら引いてしまう。
 なんで大切なものは一つだけじゃないといけないんだ。どちらかを選ばなければ、どちらかが死ぬなんてことでもあるまいし、そんなことは小説とか映画だけの話で充分だ。もしそんなことになれば、俺が死んでやるよと鼻で笑いたくなる。
 そんな簡単に人を天秤にかけんなって思って、そんなことを言う女子を俺は何回も見てきた。そしてその言葉を言われてから、別れるまでの時間は短かった。
 だからといって別れるのに抵抗はなかった。むしろそうしてくれた方が助かった。
 俺はもともと付き合うつもりがないだけだ。それでも付き合うのは、告白してくれた子を振って、悲しい思いをさせたくないだけだ。
 そもそも、深桜のことを大事にしていてもいいから、付き合ってほしいと言ってきたのは、彼女たちで、それを承知の上で、付き合い、最終的に、焼きもちを焼かれ、いつも別れてしまう。
 振られる辛さは、俺が一番よく分かっている。だから、俺は相手が俺を嫌うやり方を続けるのだ。
 それで一度深桜と言いあったことがあるけど、このやり方を変えるつもりはなかった。
 確かに今まで付き合う分、思い出ってものが増えて、別れたら今まで過ごした時間が無駄になってしまう。
 でも相手が俺を嫌えば、告白のとき振るよりも相手を悲しまなくて済む。そんな簡単じゃないって深桜は思っているみたいだけど、俺にはそうすることしかできなかった。
 深桜は気づいていないけど、一度俺を振った深桜には分からない。でもそう思っていても、諦めたくない自分がどこかにいて、また俺の心をぐちゃぐちゃにする。
 どんな形でもいいから、俺は深桜と翔奏の隣りを歩き続けたい。そうするためには、嘘を重ねるしか方法がなかった。
 でももうそれもできなくなる。俺はそんなことを考えながら、一人寂しくショパンの「別れの曲」を弾いた。