でも翔奏は深桜を見つけた。
 たぶん二人が再会する日は、これからそう長くはない。重りが繋がった鎖が、ギシギシ音と立てて引っ張られるみたいに、心がズキズキと痛む。
 そんなことになれば俺はどうすればいいのだろう。
 きっとあの日、俺が吐いた嘘が全ての始まりになったのだろう。

 約十年前の夏、俺の家に翔奏はよく遊びにきて、二人でよくつるんでいた。翔奏は俺の家の近所に住んでいて、同い年の俺とよく遊んでいた。いうなれば幼馴染というやつだろう。
 そこは今住んでいるところよりかなり田舎で、その村の住人はみな顔見知りばかりという感じだ。
 田舎のこの狭い世界じゃそうなって当り前なのかもしれないが、俺たち二人は家も近いこともあってか、いつの間にか仲良くなっていた。そうなったきっかけも忘れてしまった。
 そこに突然、千歳深桜がやってきた。深桜はこの田舎の千歳家の親戚の子とかで、その家の主が亡くなったらしく、法事のためにわざわざこんな田舎にやってきたという。
 それが全ての始まりで、ばらばらになった夏休みだった。
 俺の右手がうまく動かなくなったのも、その頃からだ。たぶんあのとき、彼女の手を掴むことができなかったからだ。
 でも深桜は俺がうまく右手を動かせていないことに気づいていない。そのことを誤魔化すように、わざと軽やかに弾いているのだ。きっと翔奏みたいに聴く人が聴けば、俺の右手にあまり力が入っていないことに分かるだろう。
 無理に力を入れて弾くこともあるけれど、長くは続かないし、音がぶれることがある。
 右利きにも関わらず、どうして力を入れて弾けないのだろうと、疑問に思うに違いない。
 でも俺のピアノはそんな分かるやつには聴かせない。俺はただ深桜のために弾いているのだ。高校の頃、偶然翔奏に聴かれて右手のことがばれてしまったけど、原因は伏せたから彼には原因不明ってことになっている。
 俺はスマホを置いて、また鍵盤の上に指を添えた。
 そしたらまたスマホが震えて、俺の身体もビクッと震えた。また翔奏だろうか。そう思って画面を見たら、今付き合っている彼女からだった。
 彼女から連絡してくるなんてちょっと驚いたけど、安心した。俺は今後の予定を伝えて、今度会う日を決める。