俺はそこに書かれた名前を呟いて、そっとその表紙を捲った。

 スマホの着信音が静かな朝にけたたましく鳴り響き、俺はその音で目が覚めた。
 どうやらいつの間にか眠っていたようだ。
 微かに開いたカーテンから降り注ぐ光は朝というよりも昼のまぶしさに近かった。俺は薄らと目を開けて、枕元に転がるスマホを手に取った。
「はい。藤沢です」
「お疲れ様。もしかして寝起きかしら。かけ直した方がいい?」
はっきりとした声で少し高飛車な話し方をする俺のマネージャーの沖浦(おきうら)さんは、その声の通りできる女性として評価が高い。俺がデビューしたときからのマネージャーで、今までミスをしたことが一度もなく、俺や事務所の人たちからの信頼も厚い。
 何より俺がアマチュアのステージで歌っていたときに、それを聴いて拾ってくれたのも沖浦さんだ。だから俺は彼女の前では頭が上がらない。
 でも彼女の優しさに甘えることもできない。それに自分に厳しくなければ、この世界ではきっと生きてはいけないだろう。
「いえ。大丈夫です。要件は何ですか?」
「例の小説審査の書評のお礼がさっき出版社から電話であったから、その報告をと思ってね。意外によく書けてて、期日よりも五日早かったから驚いたって」
「意外にってなんかちょっと酷いですね。まぁ気にしないですけど……」
俺はスマホを耳にあてたまま掛け布団を捲って、ベッドの上で軽く胡坐をかいた。
 まだ頭がぼんやりしているが、とりあえず今は電話の向こうの沖浦さんの声に耳を澄ました。
「それで今後の予定はどうなんですか?」
「今からちょうど二週間後。予定通り、十日金曜日の午後十四時。雑誌の取材の後になるわね。その日時に最終審査員で大賞を決定するらしいわ。あなたもそれに参加することになっている。終了する時間は、分からないということだけど、スケジュールはそれ以降は終日開けていたから大丈夫よね? 私的な用事もなしでいいかしら?」
もともと何時に終わるかわからないと言われていたから、予定はいれていないし、きっとそこで何か用事が入っていたとしても、沖浦さんはもう出版社に終わる時間が遅くなっても問題ないと返事をしているのだろう。
 有無の返事ではなく、確認のため一応訊くだけの問いに俺は一つ返事で承諾した。
「じゃあ今日は昼過ぎに迎えに行くから。ラジオが一つとライブの計画ね」