私の好きなアーティスト、藤沢翔奏(ふじさわかなた)ならきっと私よりも素敵な言葉で飾るに違いない。でもそんなことを私が考えていることは、先輩には秘密だ。
 先輩は隠し通せてると思ってるみたいだけど、私には分かるのだ。私が翔奏のことを熱く語ると、簡単に聞きながしているようで、先輩は少し焼きもちをやいている。
 音楽をやる者として、プライドが傷ついているのかもしれない。
 だからもし先輩が創った曲を翔奏が歌詞をつけたら……なんて語ると、きっと先輩は嫌な気持ちになるだろう。怒って口を聞いてくれなくなるかもしれない。
 先輩のプライドを傷つけるのも嫌だし、不快な思いもさせたくない。それに先輩と話せなくなるのなんて絶対に嫌だ。だから翔奏が言葉を飾るのは、私の妄想だけにとどめている。
 別に言葉を飾らなくても、充分この曲は翔奏に負けないくらい素敵なメロディを奏でている。だから先輩はもっとピアノの腕にも、自分自身の才能にも自信を持ってもいいのに、先輩は「まだまだ甘い」と自分に厳しい。
 だから余計に尊敬の念が高まってしまう。
 そんな先輩がピアノを私のために今弾いてくれたのだ。これ以上ない幸せだ。
 でも耳をすませても、心の中に薄暗く渦巻く重い感情がじんわりと滲んでいく。
 そもそも先輩に弾いてくれるように頼んだのも、この感情を紛らわすためだ。その気持ちを先輩はくみ取ってくれて、文句をたれながらも弾いてくれた。
 嬉しいはずなのに、どこか切なくて悲しい。
 それは何より、私の大好きな藤沢翔奏が審査員を務める恋愛小説大賞に落選したからだ。

 ことの発端は三か月前の夏である。
 私が藤沢翔奏のSNSをスマホでチェックしていたときだ。
 次はいつ新しいCDを出すんだろう。そんな気持ちでぼんやりと見ていたとき、最新メッセージにとんでもないことが載っていたのだ。
 それは小説大賞の審査員に自分が選ばれたというもので、彼も「たくさんの応募を待っています」という応援メッセージ付きだ。私は信じられず、リンクが貼ってあるURLをタップして、その小説公募のサイトをすぐさま確認した。
 約数ヶ月前から公募している賞で、昨日までは審査員は芸能人の誰かが務めるというまだ曖昧な情報しかなかったみたいだ。
 でも今日その審査員の発表があったようで、そこには「審査員:藤沢翔奏」とはっきりと刻まれていた。