まだ私の傷は癒えていないようで、落選したことを全く気にしていないような千歳さんが羨ましくもある。
 いつまでもくよくよしてたって、仕方ないのは分かってるのに、私は彼女みたいに強くいられない。
「だからそんな落ち込まないように飲みに誘ったんだけどね」
「うん。ごめんね。それなのに、私……途中で帰っちゃって」
「何度も言うけど、別に私は気にしてないよ。最初は二次会まで来てくれるとは思ってなかったし。相手の男の子はちょっとしょんぼりしてたけど」
「それはなんか申し訳ないです」
私が頭を垂れると、彼女はくすりと笑い飛ばすように言った。
「まぁ深桜は最初から付き合うつもりないんだから、無駄に期待させるよりいいんじゃない?」
「そうなのかな~」
私は一口お茶を飲んだ。コップに広がる波紋みたいに、心が波立っている。
「そういうわけだから、気にしないことね」
「……うん。ありがとう」
 千歳さんの言う通りにできたらどんなに楽だろう。私はぎこちない笑みをうかべて、この心の波を鎮めるように、またお茶を飲んだ。

 彼女の小説に出逢ったのは、ほんの些細なことだった。
 偶然と言っても過言ではない。
 でも俺が彼女の作品を見つけたことより、その時は藤沢翔奏という俺の名前が彼女に届いていたことの方が嬉しかった。
 それは何より俺が望んでいた願いだったからだ。
 彼女に俺の歌が届けばそれでいい。
 そのために俺は本名でデビューすることにこだわり続けた。
 誰も聴いてはいない路上でも、どんな小さなライブハウスでも機会があれば歌い続けた。
 それが俺が彼女にできる唯一のことだと、自分勝手に言い聞かせ続けてきた。
 そうしたら今いる事務所にメジャーデビューを持ちかけられて、俺は即答で所属することを決めた。デビューした方が、もっと彼女にたくさん歌を聴いてもらえると思ったからだ。
 初恋をテーマにした曲を創って、歌ったらそれが若者から共感を得て、たちまちヒットを飛ばした。そしていろいろなジャンルの歌を歌ったら、拍車をかけるようにCDが売れ、たちまち人気アーティストになった。
 そんなとき、若い子たちから熱い支持を受ける俺がデビューして数年しかたっていないにも関わらず、恋愛小説新人賞の審査員に任命されたのだ。