それはとても辛そうで儚い瞳で、今にも消え入りそうな声で言うのだ。そんな先輩がどうしてそんなことをするのか分からない。でもみんなが思っているように、ただ遊ぶためだけに女の子と付き合っているのではないことは判る。
 私は歌詞が映し出されるモニターをぼんやり眺めながら、先輩のことを考えた。今、先輩は何をしているんだろう。
 年上の彼女とデートしているのだろうか。
 私が合コン中ということを知っているからか、先輩からメールも来ていない。
 ……そういえば、先輩は一度も翔奏の曲を歌ったことがないなぁ。
 一緒に聴いてたりしているから、嫌いではないはずだ。
 そもそも藤沢翔奏のデビュー前に、彼が一番最初に出した自作CDを持ってきてくれたのも、智歌先輩だった。もし先輩が私にそのCDを渡していなかったら、私はきっと藤沢翔奏と出逢うのはデビューしてからになっていただろし、あのとき藤沢翔奏の曲に出逢っていなかったら、きっと今の私はいなかった。
 もし先輩に「歌ってください」ってお願いしたら、彼は歌ってくれるのだろうか。
 ふとそんなことを思ったら、先輩のピアノの音がまた聴きたくなった。
 でももう今日は無理だろう。だからまた明日ちょっとお願いしてみようかな。
 私はスマホを出して、先輩にメッセージを打とうか迷った。
 でも彼女と会っているなら、やはり邪魔したくはないし、ちゃんと直接お願いしたくて、何もせずにスマホをバッグに直した。
 そして千歳さんに「私帰るね」と囁いて、部屋を出た。
 私がいきなり席を立ったからだろう。私のために歌っていた彼の歌声が後ろで途切れた。でも私は振り返らず、カラオケボックスを後にした。
 どれだけ感じの悪い女に見えただろう。女の子が好きだといったアーティストの曲を隣りで歌ったのに、その途中で帰ってしまったのだ。
 落ち込んだだろうか。それとも怒りがこみ上げただろうか。
 でももう私はあの場所にいたくなかった。
 大好きな人の曲を違う声が歌うあの音からも、ずっと一緒にいた先輩を汚されたのも全てが嫌で逃げ出したかった。
 ありがたいことに誰も追いかけてこないし、スマホも鳴らなかった。
 千歳さんには悪いけど、できればもうあの人たちとは関わりたくはない。だから私がどう彼らに思われようと構わない。