だけど本当に昔から好きで聴いているのに、「女って単純だよな」っていう雰囲気を醸し出すその言葉は、誰もがきっと勘に障るものだ。そもそも女子だから藤沢翔奏が好きなわけじゃない。
 私はそれから何も答えず、ウーロン茶に浮かぶ氷をストローでくるくる回していると、リモコンで翔奏の曲を入れ終えた彼が、私のそんな心情も気づかずにまた話しかけてきた。
「ところで深桜ちゃんって好きなやついるの?」
「えっ?! 別にいませんけど」
「そうなんだ。ほら蓮見(はすみ)とよくいるから好きなのかなぁとか思ったけど、違うんだね。よかった」
いきなり智歌先輩の名前が出てきて、ドキッと心が跳ねた。
「智歌先輩のこと知ってるんですか?」
「知ってるも何も超有名じゃん!! 女の子とっかえひっかえして遊んでるって。今までも何人もの女の子泣かせてるって聞くしさぁ。今は確かかなり年上の美人と付き合ってるって噂じゃん?!」
 そんな噂が流れていることは私も知っている。智歌先輩の傍にいるから嫌でもそういう話は入ってくる。その噂の美人の彼女は見たことないけど、たまに先輩にメッセージを送ったら「今、ちょっと返事できないから、あとでゆっくりする」みたいな返事が来る時がある。
「だから深桜ちゃんも気をつけなよ。いつあいつに狙われるか分からないんだからさ。あっ! マイク貸して。次、俺だ」
 翔奏の一番有名な曲が流れてきて、いつもはどんな音でも心が和む彼の曲なのに、私の心は落ち着かなかった。
 音がずれているわけではないけれど、隣りで歌う彼の歌声を聴きたくない。
 翔奏の声ではない歌は、彼の曲ではない気がしてくるし、何よりさっきの会話でとてつもなく熱くもえるような嫌悪感を私の心につけたのだ。
 確かに智歌先輩が何人もの女の子と付き合い、別れてはまた別の女の子と付き合っているのは知っている。長くて半年、短くて数日と聞いている。だからそれがあまりよく思われないことも分かっている。
 でも先輩の気持ちも知らないで、彼を悪く言われるのは嫌だ。
 あんなに綺麗なピアノを弾く先輩は、いつも誰かと別れたときに私に言うのだ。「また女の子と別れちゃった」と。