こんな奇跡のようなことがいくつか起こり晴れて私たちは彼氏彼女になったというわけだ。
しかし彼を通して徐々に声優という仕事と環境について解って来た事があった。その最たるものは声優はアイドル並の人気商売だったということ。
「昨日も事務所の前でファンの子たちに出待ちされてさ、サイン求められたからしようと思ったんだけどマネージャーにダメ出しされた」
「……へぇ」
朝食の席で交わされる近況報告。それは友だち時代から変わらないもののひとつだった。
「事務所に届いてた手紙がダンボール箱にいっぱいあってさ。でもそれって純粋に手紙だけの分でプレゼント用の箱はまた別にあってさ」
「……ふぅん」
「──なぁ、訊いてる?」
「…訊いてるよ。だけど相槌打つ以外なんて言ったらいいのか分かんない」
「色々あるだろう?『彼女の私だったらいつでもサインもらえちゃうよね』とか『私の彼ってそんなにモテるのね、すごーい!』とか」
「……それ、言って欲しいの?」
「うん、言って欲しい」
「……」
(そうだ、こういう人だった)
苦労してようやく掴んだ夢だったからこそそれを体感出来る物事に対しては嬉しく思うと同時に感謝して深く喜びたいんだよね。
その中のひとつに私からの言葉も欲しいと常日頃から言われていた。
(本当、何年経ってもブレないなぁ)
「なんだか嫌だな」
「……へ」
「雅生からそんなモテモテ話訊くのは彼女としてちょっと嫌な気持ちになっちゃうかも」
「……」
「だって雅生は私だけのものでしょう?」
「………紗都」
(なーんて。ちょっとストレート過ぎたかな)
普段は言えないようなことでも時々ならからかい半分に言ってみてもいいかなと思えてしまう。
それが私なりの有言実行彼氏に対する尊敬と賞賛の表れということで──
「紗都! 紗都ぉぉ──!」
「?!」
突然素早い動きで私を抱き締めた彼に驚きつつ絶句した。
「紗都、心配するな! 彼女とファンは全っ然違うから! 俺は小学生の時から紗都ひと筋だったから今更浮気なんて絶対しない!」
「……は、はぁ」
「声優としての南海雅生はファンあっての南海雅生だけどノーラベリングの南海雅生は紗都だけのものだ!」
「ノーラベリングって」
(他に言い様がないのかな)
彼らしいといえばそうだけど……と思いつつも彼が必死に弁解するまでもなく私はさほど心配はしていない。
小中高の12年間と今に至るまでの友だち以上恋人未満の7年を過ごして来た私たちはお互いを割とよく知っていたから。だから浮気の心配なんて一切していない。