「ぶっ。それでキスしたの!?」
「美紀ちゃん、声が大きい」
 恥ずかしそうに肩をすぼめて由梨はカップを口に運ぶ。恥ずかしいのはおまえだ。美紀はめまいを覚える。まさか由梨が、道端で、男とちゅうする日が来ようとは。

 くっそー、むっつりめ。美紀は心の中で白井に対して激しく毒づく。今まで敢えて顔を合わせずにいたがそろそろ一度踏み潰しておいた方が良いのじゃなかろうか。
 いやいや。嬉しそうにチョコケーキを頬張る由梨のほっぺたを眺めながら美紀は冷静になる。まさか相手は由梨の初めてはとっくに奪われているとは思うまい。内心でほくそ笑んで美紀は留飲を下げる。

 高校の修学旅行の夜。宿泊した旅館でクラスが別の由梨の部屋に遊びにいくと、肝心の由梨はすやすや寝付いてしまっていた。夕飯の鍋の鴨肉をほとんど一人でたいらげたらしい。満腹でしあわせそうだった。ほっぺたがマシュマロみたいでやわらかそうで、指で触ったついでに可愛いくちびるについついキスしてしまったのも良い思い出だ。もちろん誰にもナイショの話だ。

「美紀ちゃんは……」
「ないない。なんもない」
 皆まで言わせず手を振って美紀は否定する。工藤とのメールのやりとりを止めたからといって美紀の周りに変化はない。それだけのことだったのだ。支障も変化もありはしない。新たにいいオトコが寄ってくるわけでもない。現実なんてこんなものだ。

「今年のクリスマスはさ」
 由梨がそっと言い出す。去年までケーキ屋で働いていた由梨にとってクリスマスの前後は書き入れ時で、二十五日のセールが終わった後、疲労困憊の由梨を連れて温泉に打ち上げにいくのがふたりの恒例行事になっていた。

「はいはい。ふたりでラブラブ旅行でも行ってきなよ」
「どうせ時間合わないし。美紀ちゃんがいつも行きたいって言ってたイベントがあるでしょう。今年は行けるなって思って。来月の分まで勤務確認してみたんだ」
 エヘヘと笑って由梨はスケジュール帳を取り出す。可愛いヤツめ。そこまで言うなら仕方ない。
「じゃあさ、下調べしとくから」