『もうやだ。売り場に出たくない』
 そのときにも美紀が愚痴を聞いてくれた。
『仕事変えれば?』
『簡単に言うなあ』
『今のうちなら簡単だよってこと。転職するなら若いうち』
 それもそうだと真剣な顔になって由梨は考えた。それならばなるべく人と関わらない仕事がよかった。

『工場ってどんな感じ?』
 以前も訊いた気がするが、改めて美紀に話を聞いてみた。
『らくちんだよ。言われたことだけ黙々とやってればいいんだもん。そりゃあ作業の効率とか考えながらだけど、少なくとも周りのことなんか気にしなくたっていい。どんな顔してようが自由。ミスさえしなきゃ何も言われない。自分の作業にだけ集中できるよ』
『いいなあ、それ』

 パートタイムの主婦たちとアルバイトの女の子たちとの争いにも巻き込まれつつあった由梨には、決まった作業だけをしていれば良いというのは堪らない魅力だった。
『決めた。わたしも工場の仕事にする』
『うちの派遣会社入る?』
『いや。ちゃんと自分で探すよ』
『そうだね。あ、でも評判悪いとこもあるからさ。教えとくね』

 こうして念願の工場勤務を始めたというのに、由梨の職場は聞いていた美紀の職場とは雰囲気が異なるようだ。

「うちのラインはさ。あたし以外は派遣先の社員さんなんだよ。請負じゃなくてほんとに派遣だね。何より日勤だけだし。一緒に作業するのも少人数で、年上の人たちばかり。由梨のとこは若い子ばかりなわけでしょ?」
「だねえ。同じ班の四つ上の人がいちばん上で、同い年の子が一人いて、あとは全部下かなあ。わたしと同じ日に入った子なんかさあ、十九歳だよ」
「そんなもんだって」
「ノリがさ、もう学校かよって」
「まあ、そうなるよね……コーヒーお替り」
「わたしも。やっぱりコーヒー飲みたい」

 もう一度ドリンクバーに行って戻ってから、美紀はにやりと笑って身を乗り出した。
「で。そのイケメンふたりってのは?」
「イケメンなわけじゃないよ。顔なんかほとんど目しか見えないんだよ」
「いくつ?」
「小田くんてのがうちらと同い年らしくて。もう一人の白井くんていうのはいっこ下らしい」
「派遣の男子はその二人だけ?」
「そうそう。組み立て係のオペレーターはあとの三班は派遣先の社員さんで。段々と派遣を増やすって話は聞いてるけど」
「どこも完全請負にはほど遠いってことだね」
 ため息まじりに美紀はおでこを掻く。気を取り直すように再び人の悪い笑みを浮かべる。