「むっちゃんが呼んでる」
「あ、うん」
「じゃあ、ありがと」
 社員さんは由梨に手を上げて戻っていく。それをほとんど睨むような眼で見送った小田が、由梨に低く言う。

「気をつけなきゃ駄目だよ」
「何が」
 らしくもなくつっけんどんな言われように、今度こそ由梨も言い返す。なんなのだ、この前から。
 くっつき虫を投げ返してやったときのように小田は驚いた目になる。
「ごめん」
 とっさに謝られたが、それにも由梨はイラっとする。わけがわからない、まるで噛み合っていない、彼は何がしたいのだ。
「おーい、由梨ちゃん。帰るよー」
 睦子の声がする。由梨はぷいっと顔を背けて小田の脇をすり抜け、睦子たちの方へ駆け寄った。



 なんだか最近上手くいかない気がする。会社帰りに立ち寄ったスーパーマーケットの敷地内の宝くじ売り場を横目に、由梨は重い息をつく。
 何がいけないのだろう、由梨は悪いことをしているつもりはないのに。案外こういうときこそツキに恵まれて大当たりしたりするのかもしれない。淡い期待を抱きもするが由梨は宝くじを買ったことがない。
 買わなければ当たらないことはわかってるけど、お金がもったいないと感じてしまう。拾った宝くじが当たれば最高なのに。だけど宝くじを拾ったこともない。

 前向きなのか後ろ向きなのかわからないことを考えながら置き場に自転車を引いて行く。窓口から離れて振り返った人物と目が合った。
 白井だ。口元を緩めて機嫌の良さそうな顔をしている。由梨はびっくりして彼の目を凝視する。

「……」
 白井はなぜかバツが悪そうに口元を片手で覆って由梨に近づいてきた。
「お疲れ」
「あ、うん……」
 白井は今日は休みだから「お疲れ」と返すのもおかしな気がして、由梨はもごもごしてしまう。
 彼はやっぱりバツが悪そうに少し考えた後、由梨に向かって切り出した。

「腹減ってるか?」
「え、そりゃあ。仕事の後だし」
「肉食べ行くか?」
「え!?」
「奢ってやる」
 なぜ? 魅惑的な申し出によだれが出そうになりながらも由梨は考える。そこで白井が握っているお札が目に入る。

「……当たったの?」
 こそこそと小声になって囁く。
「はした金だよ。だから使っちまおうかと。どうする?」
「嬉しいけど。ほんとにいいの?」
「男に二言はない」
 思わず由梨は頬を紅潮させてがっつり頷いた。肉!

 どこに行こうかと暫し考え、白井が国道沿いのステーキレストランの名を挙げる。他所のチェーン店よりは高級なイメージながら、サラダやデザートやカレーが食べ放題の店だ。由梨に異存はない。