涙が頬を濡らして、段々と自分で何を言っているのかわからなくなってくる。言いたいことはひとつだけ、ひとつだけなのに。
「修司くんが好き。だからお願い。一緒に、歩き出そう……」

 頬に冷たいものが触れて、郁子ははっと目を上げる。指先が、少しだけ上がって郁子の頬の涙をなぞっている。

「…………」
 郁子は恐る恐る指の付け根から手の甲、手首、腕の先まで視線で辿っていく。その先で、瞼を開いた修司が、枕の上から頭をずらして郁子を見ていた。つらそうに口が動いて、声にならない声を郁子に届ける。
「バカ……うるせえよ…………」





 今年の梅雨は短くて、まとまった雨がいくらか降ったと思ったら、気象庁は早々に梅雨明け宣言を出した。

 前期日程の試験日が近づき、キャンパス内は普段より学生の数が多い気がした。人が集まる場所を避け、建物の裏手で聡は昼食のおにぎりを食べていた。
「みーつけた」
 そこへにたりと笑いながら汐里が現れる。エスパーか。
「ここにベンチがあるのは知る人ぞ知るだからね」
 口には出さない聡の疑問にきっちり答えてくれる。実は魔女なのかもしれない。確かに、この場所を教えてくれたのは汐里なのだが。

「郁子ちゃん、短大に復学したって」
「聞いてる。そっちももう退院なんだろ」
「うわ、さすがの情報力」
 聡の隣に座った汐里は、持っていたコンビニの袋からカップのアイスとスプーンを取り出して食べ始めた。

「……敢えていばらの道を行くんだもの。可愛い顔して肝が据わってるわ、カノジョ」
「そこが郁子のすごいとこだよ」
「たいしたもんだ」
「タチバナも似たようなもんだろ」
「いえいえ。バカおっしゃらないで」
 人間、自分自身のことはわからないものらしい。傍から見れば汐里も十分、苦労を買って出るタイプなのだが。聡はおにぎりの最後の一口を口に入れる。

「ねえ。私、気になって仕方ないことがあるのだけど」
「……」
 いつかは尋問されるだろうと予想していたから、聡は目で汐里を促す。
「……」