夏の空よりも真冬の空が好きだ。郁子がそう言ったのはいつのことだったか。思い出せないまま聡は窓の外を見上げていた。
『夏の空はね、青に白が混じってるみたい。冬の空はそうじゃなくて、青だけを溶かしたような透明な感じがする』
「……くん。坂本聡くん」
フルネームで呼ばれ、聡は頬杖をついていた腕を外して声がした方を振り返った。少し呆れたような表情で女子学生が立っていた。
いつの間にか授業は終わっていたらしく、小教室をいっぱいにして席を埋めていた学生たちはほとんど姿を消していた。
「時間中ずっと窓の外見てたでしょう。センセイ睨んでたよ。気づかなかった?」
聡が曖昧に頷くと彼女はますます呆れた顔になって身を乗り出した。
「なあに? 何を見てたの? グラウンド?」
「空だよ。良い天気だなと思って」
「授業なんて受けてるの馬鹿らしくって?」
「そういうわけじゃないけど」
彼女は風流だこと、と小声でつぶやきながら手に持っていたプリントの束を差し出した。
「これ、フラ語の宿題。来週小テストやるの。ここから問題出すからって。坂本くん休みだったから、知らないと困るかなと思って」
「……そんなこと頼んでないけど」
言ってしまった後に、随分な言い草だと自分でも思った。だが口から出てしまったものは仕方ない。本当のことではあるのだし頼んでもいないことで恩着せがましくされても堪らない。
思ってから、ふと郁子と話したことを思い出す。
――親切って見返りを期待してするものじゃないだろ、そうしてやりたいからだろ。
「そうね。頼まれてはないけど。でも困るのはホントでしょう?」
心ここにあらずな聡に対し彼女は怒る様子もなくあっさり頷いた。
「これだけのことで奢らせようとか代返頼もうとか思いやしないわよ。ありがとうの一言ですむことなんだから素直に受け取っておいたら? これは意見じゃなくて、提案なんだけど」
どう? と首を傾げて聡を見下ろす。その顔を見つめ、聡は礼を言ってプリントを受け取った。
「どういたしまして」
にっと笑って彼女は戸口の方を振り返った。次の講義の学生たちが集まってきていた。自分も移動しなくてはと、聡は立ち上がる。
『夏の空はね、青に白が混じってるみたい。冬の空はそうじゃなくて、青だけを溶かしたような透明な感じがする』
「……くん。坂本聡くん」
フルネームで呼ばれ、聡は頬杖をついていた腕を外して声がした方を振り返った。少し呆れたような表情で女子学生が立っていた。
いつの間にか授業は終わっていたらしく、小教室をいっぱいにして席を埋めていた学生たちはほとんど姿を消していた。
「時間中ずっと窓の外見てたでしょう。センセイ睨んでたよ。気づかなかった?」
聡が曖昧に頷くと彼女はますます呆れた顔になって身を乗り出した。
「なあに? 何を見てたの? グラウンド?」
「空だよ。良い天気だなと思って」
「授業なんて受けてるの馬鹿らしくって?」
「そういうわけじゃないけど」
彼女は風流だこと、と小声でつぶやきながら手に持っていたプリントの束を差し出した。
「これ、フラ語の宿題。来週小テストやるの。ここから問題出すからって。坂本くん休みだったから、知らないと困るかなと思って」
「……そんなこと頼んでないけど」
言ってしまった後に、随分な言い草だと自分でも思った。だが口から出てしまったものは仕方ない。本当のことではあるのだし頼んでもいないことで恩着せがましくされても堪らない。
思ってから、ふと郁子と話したことを思い出す。
――親切って見返りを期待してするものじゃないだろ、そうしてやりたいからだろ。
「そうね。頼まれてはないけど。でも困るのはホントでしょう?」
心ここにあらずな聡に対し彼女は怒る様子もなくあっさり頷いた。
「これだけのことで奢らせようとか代返頼もうとか思いやしないわよ。ありがとうの一言ですむことなんだから素直に受け取っておいたら? これは意見じゃなくて、提案なんだけど」
どう? と首を傾げて聡を見下ろす。その顔を見つめ、聡は礼を言ってプリントを受け取った。
「どういたしまして」
にっと笑って彼女は戸口の方を振り返った。次の講義の学生たちが集まってきていた。自分も移動しなくてはと、聡は立ち上がる。