……変わりたいと思った。変わらなくちゃと思った。でも、だからといって。これまでの自分を否定することはなかったのかもしれない。

 ――俺は、郁子を気に入ってる。
 聡が言ってくれたのは。
 ――オレはずっと郁子が好きだ。
 修司が言ってくれたのは。以前の郁子に対してだったのに。その自分を否定してはいけなかったんだ。好きだと言ってくれた人の言葉を信じなきゃならなかったんだ。
 自分は自分のままで、また新しい自分になればいい。
 ――そこに近づけるように少しずつ自分を修正していく。
 おばあちゃんの息子さんが教えてくれたのは、そういうことなんだ。

 深く納得して郁子は胸が熱くなる。と同時に切なくなった。自分の気持ちがはっきりと、傾いたことが寂しくもあった。自分勝手だ。でもこの気持ちだって、郁子にとっては大切なものだ。

「……。聡」
「うん?」
 呼ばれて郁子の顔を見た聡は驚いた顔をする。それくらい自分の顔つきは変わっていたのだろう。
 郁子は視界が滲みそうになるのを堪えながら聡に告げる。
「ごめんね」
「郁子……」
「今まで、ありがとう」
 ありったけの思いを込めて、言えるのはそれだけで。

 呆然としている聡を残して病院の中に戻る。今度は自分ひとりで人込みの中を泳いでいく。
 病室棟のエレベーターに辿り着く。逸る胸を押えながらボタンを押して待つ。降りてきたエレベーターに乗り込む。

 フロアに戻ると行き会ったスタッフが驚いた顔をした。
「忘れ物?」
 返事をしている余裕はない。清掃の掃除機の脇をすり抜けて廊下を急ぐ。病室に飛び込むと、明るい日差しの中で相変わらず修司は眠っていた。
「修司くんっ」
 崩れるように傍らに飛びつく。

「修司くん、わたし決めたよ。わたし、頑張るから。急には変われないかもしれない。でも……」
 ――自分のできることを一生懸命やればいいんだ。
「たいしたこともできないかもしれない。でも、変わるから」
 ――ただ一緒にいればいいんだ。
「もう離れないから」
 ――ただし、覚悟を決めるんだよ。
「決めたから。だから修司くんも頑張ろう。一緒に変わろう。わたしは修司くんと一緒がいい」