聡が郁子の手を握る。荷物を抱えて郁子の手を引きながら、行きかう人の隙間を縫って中央廊下を進んでいく。中庭へ行くのにいつも使っていた通用口の手前の角を正面玄関の方向へと曲がるとき、気遣うように郁子を振り返った。

 ときに強引になる修司の手とは違う。子どもの頃から知っている、いつでも郁子を気遣ってくれる優しい手だ。この手に引かれてついて行けば間違いない。それがよくわかる。

 同じように人の多い総合窓口の前を通りすぎて正面玄関から表に出ると、今日もすっきりしない天気で空は白かった。湿度が高くてジメジメする。くちなしの花の香りが今日も強いことだろう。
「おばさん、まだだな」
「うん……」
 降車口の庇の下で待つことにする。

「郁子はすごいとこ、たくさんあるよ」
 さっきの話の続きなのか、聡がもう一度言う。
「そうかな……」
「しょうもないとこもあるけどな」
「だよね」
「でも、俺は本気で尊敬してるぞ。おまえの、物の本質を見るところ。すごいと思ってる」
「……」
 そうだろうか。自分にそんな力があるのなら、こんなにくよくよすることもないだろうに。

 確かに、以前はもっとすっきり物事を考えられた気がする。執着がなかったから。良いか悪いかでしか判断しなかったから。
 それが修司を好きになってからすっかり変わってしまった。それが良いことなのか悪いことなのかも今の郁子にはわからない。わからないから、また変わらなければならないのだと思った。

 ――自己憐憫で殻に閉じこもって。
 本当にそうだと思った。誰もわかってくれないなんて、ただの傲慢だった。
 ――こうなりたいって憧れを持つこと。
 おおらかな、優しい自分になりたいと思った。それこそ聡みたいに気遣える人に。

 母親のクルマを待ちながら、そこから見える中庭の木立へと視線を投げる。
 ――なんだか郁子ちゃん、顔が明るくなったくわねえ。
 そんふうに言ってもらえたのも、あの中庭ですごした時間のおかげだ。
 思い返していた郁子は、ふと頭をよぎった考えに目を瞠った。