「おばさんは下で手続をすませて、そのままクルマを玄関に回してくれるってから」
「うん……」
 自分の母親なのに、他人の聡の方がうまくやり取りしていることに郁子は苦笑いする。この場合、聡にソツがなさすぎるせいなのか。
 それでも母親は郁子の退院の日のためにと可愛らしいワンピースを買ってきてくれた。これも世間体を気にしての行動かもしれないけれど。

 パジャマ以外の洋服を着るのは久し振り、そもそもこんな可愛らしいワンピースを着るのもあまりないことなので、郁子は緊張した。約束の時間に来てくれた聡は「郁子はそういうピンクのひらひらが似合う」と言ってくれたけど、本当だろうか。そもそも郁子はピンクよりも水色のほうが好きだ。そんなことも母親は知らないのに違いない。女の子はピンク、と思い込んでいるのに違いない。
 自宅に戻ったところできっと変わらない。以前と同じ日々を今の自分はすごせるだろうか。

「郁子?」
 俯いてしまった郁子の顔を聡が覗き込んできた。
「ううん。なんでも……」
「……そうだ。今度さ、中学の同窓会をやろうって話があるんだ」
「同窓会……」
「集まれるメンバーでバーベキューでもして、プレ成人式をやろうって」
「ふーん……」
「興味ナシかよ……忘れ物ないか?」
「うん」

 荷物を持ってくれる聡と一緒に数か月すごした病室を出る。フロアのスタッフに挨拶をし、担当の看護師とスタッフさんに見送られてエレベーターに乗り込んだ。
 ふたりだけになると聡はまた中学時代の話を始めた。

「二年のときの担任で、社会科の先生、覚えてるか?」
「うーん……」
「おまえのこと、あいつは物事の善悪がわかるやつだって褒めた先生だぞ。みんなの前で」
「……そんなことあった?」
「あったさ」
「聡はよく覚えてるね……」
「覚えてるさ、郁子が褒められたってびっくりしたからな。先生、わかってるじゃんって」
「なに、それ」
「郁子はすごいとこ、たくさんあるよ」

 エレベーターが一階に着く。扉が開くと外来棟の喧騒がここまで聞こえてきた。午前中の診察時間の真っ最中だから、外来の順番待ちの人々がそこかしこの椅子に座っている。