それから毎日、郁子は中庭のベンチでおばあちゃんと会うようになった。その日の体調によってか、おばあちゃんは口数が少ないときもあれば、たくさん話をしてくれることもあった。郁子が聞き入ってしまったのは、おばあちゃんの苦労話だ。

「おじいさんは酒乱でねえ」
 おばあちゃんの旦那様は真面目でよく働く人だったけれど、お酒を飲むと怒鳴ったり暴れたりしたのだそうだ。そういう人を「酒乱」と呼ぶのだと郁子は初めて知った。
 殴られたり髪の毛をひっぱって引きずられたりしたのだと話すおばあちゃんに、郁子はただ驚く。そんな目にあって平気だったのか?
「惚れたはれたで一緒になった人だからねえ」
 しわしわの口元をもごもごしておばあちゃんは笑う。

「生きてりゃあ、いろいろあるけど、つらいときも悲しいときもある。でもそれがずーっと続くわけじゃあ、ないからねえ。お天気と同じだよー。雨はいつかは止むだろう?」
 だけど、空が晴れているからといって気持ちまで同じなわけじゃない。心の中は嵐のときだってある。
「逆だよ、心の中はいつもお天気でいればいいのさー」
 あんまりおばあちゃんが簡単に言うから、郁子は苦笑いしてしまう。だって、郁子はきっと真逆だから。おいしいごはんを食べているときでも鬱々としてしまう。

「それは気持ちがそういう境涯になってるからだねえ。嫉妬したり、少しのことで怒ったり。よくないもので支配されちまってるから全部をそう感じちゃう」
 その通りだと思った。だけどそこからどう抜け出せばいいのかが郁子にはわからない。
「若い人は悩みが多いんだねえ」
 おばあちゃんはにこりとして、そういうときにはね、と教えてくれた。
「無理にどうにかしようなんてすることないさ。ただ腹を据えればいい」
「腹を据える……」