剥き出しになった膝が冷たくて痛い。波が顔にかかって塩辛さが口の中に広がった。前を行く修司の上着の背中は半ばまで濡れて色が変わっている。水を含んだ靴はもう重たくてそのまま海中に沈んでしまいそうな心地になった。

 身体全体を鉛のように重く感じ始めるのと同時に郁子は迷い始める。本当にこれでいいの? 自分から願ったくせに修司に問いかけたくなる。彼に迷いがない分、怖くなってくる。この期に及んで。

「待って! 修司くん! 待って!」
 波をかき分けながら修司の体に縋り、郁子は叫んでいた。


     *     *     *


 用具入れの中はかび臭かった。畳三畳くらいの奥の面は全て棚になっていて、主に掃除用具が置いてあるように見えた。
「ごちゃごちゃだな。引っ張り出して確認するか」
「うん」

 修司が物を下ろして郁子が確認していく。
 作業をしながらも、郁子にはどうしても気になることがあった。どうしても、修司に尋ねたいことが。
 今はそんなことを話している場合ではないと我慢したが、すぐに黙っていられなくなって郁子は口を開いた。
「修司くん……」
「なんかあったか?」
「ちが……そうじゃなくて、あの……」

 ――修司には、ずっと前から好きな人がいるんだって。

「修司くんには、ずっと好きな人がいるの?」
「はあっ!?」
 ものすごい勢いで修司は郁子を振り返る。
「なんだ、そりゃ!?」
 思わぬ反応に郁子の方がびくびくしてしまう。
「噂だって。どうにもならない人のことが好きで、諦められないでいるって……」
 怯えつつ上目遣いで視線を逸らさずに郁子は言い切る。

 すると修司は肩を下げてがしがしと頭をかいた。
「そりゃ、達也のことだ」
「え?」
「あいつはガキの頃から近所の姉ちゃんのことが好きで……」
 また棚の方に頭を突っ込んで手を動かしながら修司は声を張り上げる。
「達也のとこは母子家庭だから、その姉ちゃんがよく面倒見てくれたんだってさ。けど、去年だか一昨年だか結婚しちまって。そんで達也はいまだに落ち込んでんだよ」
「そうなんだ……」
「オレから聞いたって言うなよ。恥ずかしいから誰にも言うなって言われてんだ。純粋っちゃ純粋だよなー」